『聖の青春』
2015/08/27(Thu)
 大崎善生著 2009年14刷、講談社発行の文庫『聖の青春』を読みました。
 聖とは将棋騎士の村山聖のことです。
 1969年(昭和44年)広島県安芸郡府中町で生まれ、1983年奨励会に入り、難病の腎ネフローゼという病気と闘いながら、1986年11月5日に17歳でプロデビューしましたが、29歳A級在籍のまま、病気のためこの世を去った、将来を嘱望されていた将棋騎士の実話です。
 著者の大崎善生は、この村山聖とは付き合いもあった「将棋世界」の編集長をしていた人です。
 作品の最後に、いくつかの村山聖熱戦譜があり、さらにそのあと、聖の父親、村山伸一氏の文章があります。
 「将棋世界」に、亡くなった6カ月くらい後の3月号と4月号に「両親が語る・わが子、村山聖の思い出」と題して、特集が組まれま した。家族がその取材インタビューを受け、父親は、あとでその特集を読んで、幼少期の発病前に、兄が遠くの山に聖をつれて行ったことを初めて知り、報道の人たちに、自分たち夫婦が語ることにずれが生じては困ると思い、年とともに薄れていく記憶を、日記や家計簿、そのほかを参考に比較的正しい履歴を時系列に残す作業を始め、今も続いてやっているとのことでした。
 親元を離れてからの生活については、将棋界の人のほうがよく知っており、また将棋においての活躍は、将棋界や報道陣のほうがよく理解していたでしょうから、この作品の、奨励会に入る前の事柄についての部分は、家族のこのような思いが反映されているのでしょう。舞台が広島ということもあり、この部分を親しみをもって読むことができました。
 聖が3歳の初夏に高熱を出し病院に連れて行くと、風邪との診断を受けます。それまで元気だったのに、以後しょっちゅう高熱を出しますが、いつも風邪と診断されていました。そしてついにあまりの様子の変化に広島市民病院へ連れて行き、ネフローゼと診断をされました。5歳と1ヶ月でした。7月19日緊急入院をすることになり、予断を許さない状況になりました。そのころ父親が、行くたびトランプなど買って病室をたずねたなかに将棋板と駒をもって見舞いに行き遊び方を教えて遊んでやりました。その年の暮れに退院。そしてさらに翌50年8月再入院、11月29日退院。翌51年4月小学校に入学してまもなくの5月に入院、院内学級に転校します。そして見舞いに行った母親に将棋の本を買ってくるよう頼みますので、わからないまま探し、はじめて昭和23年発行の『将棋は歩から』という著者が加藤治朗の本を買い与えます。漢字も多いのに読破して、それからは、つぎつぎ将棋の本を買ってもらっては読破します。年が明けて6月佐伯郡廿日市町原の、国立原療養所に転院し、月3回の外出日、親戚や近所の強い人に相手になってもらって将棋をさし、負ける相手がいなくなります。広島市内の篠崎教室に入り4年生でアマ4段の認定を受け、さらに広島将棋センターにかわり、小学校6年で卒業前3ヶ月で退院して府中小学校に転校4月に府中中学校に入学し、中学2年生で大阪の森信雄4段の下奨励会に入ります。
 ここまでの記録が長くなりましたが、もちろんそれからのユニークな将棋生活もたまらなく楽しく読めました。


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