『半生記』
2007/12/26(Wed)
井伏鱒二の『半生記』を読む。

『私の履歴書』と題して昭和43年に、新聞に連載されたものだそうだ。
解説に書いてある。
また、≪この作品は昭和11年(38歳)に書かれた『雞肋集』と共に、井伏鱒二の人と作品を理解するために欠くことのできない重要な文献である。≫
とも書かれている。

井伏鱒二の文章については永井龍男のべた褒めの文章も引用してある。

井伏鱒二は、いったいに偉大な作家として取り扱われているが、どこがそんなにいいのかなとその所以を思いながら何作か読んできた。
読みさした話の続きを開く間に、文面をどことはなしにていねいになぞって読んでみたりもした。
感じるのは、この人の作品は肩が張らない。
誰にでも好き嫌いはあるが、嫌いなものが書かれてあるとき「ふーん」と軽く感じられる。
それは、思想や倫理観などから出た好き嫌いではないので、あるいはそのように書いているので、誰にも「そんなこと言ったって」という感じが起こらない。

だから、誰でも無条件に可笑しいところは笑えるし、なんとなく事の成り行きがすーっと入ってくるのかなと思える。

明治31年生まれの井伏鱒二は、お爺さんにかわいがられて影響を受けて育ったことでお爺さんの生まれた江戸時代の元号などをさかのぼって勘定し、自分に影響した時代のものでそのまま使われていたのもの、身分の上下による言葉遣いや呼称などについて書き綴っている。

井伏鱒二がこの作品を書いた昭和43年に、江戸時代のある地方の生活の一部分の話がつい昨日のように書かれてあって、なんともいえない郷愁を感じる。

あれから、明治維新があって日清・日露があって・・・・太平洋戦争があって、東京オリンピックがあってと時代も変わり生活も変わったと思うけれども、彼の話だと時代はのっぺりうずくまっている間に昭和43年になったような気がして不思議な気がする。
夭折した作家のような、せっかちさがないのだろうか。
時代をさかのぼることで郷愁を高められるよい作品だった。
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