第182回「広島ラフカディオ・ハーンの会」参加記録
2015/10/07(Wed)
 夫がふたたび安佐市民病院に入院をしたので、秋空のなかを、一人での参加になりました。
 ハーンの会のニュースの冒頭は、オリンピックにまつわるトラブルと、自然災害についての風呂先生の思いがつづられています。平成の御世とはいえ、多くの人が家を失い、はだしで逃げ出さざるをえないような、軟弱な国土です。まずは被災者に対する援護、そして安心して住める災害に強い国土の建設に国家予算を使ってほしいと、心から願わざるをえません。田舎に行くと、過疎化が進み、田畑が荒れ、住むにお店もなく、病院もなく、バス路線にバスは走らず、ガソリンスタンドもなく、野獣が多くて子どもだけでの通学もままならずと、こんな光景を目の当たりにすると、領海のことがあるにしても、今ある国土の荒廃をよそに、やれオリンピックだの北方領土だ、竹島だ、といっているのも疎い私にはよくわかりません。

 『心』所収の「旅日記から」より、ハーンが、日本のどのようなものに魅力を感じ、美しいといっているかを読み取り、具体的な絵画論から、さらにこれを深めていこうとされる風呂先生のお話を伺いました。
 一つには『日本瞥見記』下「舞姫」のなかの、日本の絵師の、細部まで描かず、没個性的な絵によって表現する暗示力。
 または、ハーンの描いた、大きな岩の上に、その岩頭をしっかりつかんで、眼下の海面を俯瞰して獲物を狙っている鷲の画。
 あるいは、「見えるものの法則を見えないもの(大きな宇宙とか世界の仕組み)に奉仕させる」と武満徹が解説するルドンの絵画。
などです。
 深めるということが、ある仮説を立てて、それを実証しようという方法によってなされていく過程に、「広島ラフカディオ・ハーンの会」は、楽しみを何倍にもさせて見守ることになるかもしれません。
 そんな楽しみな会になって、最後はウキウキと家路に着きました。
 わたしは、本棚に10巻ほど昔から積んである、めったに開かない『THE BOOK OF ART』に、ルドンについての記述がないか探してみようと思い立ちました。しかし、すべて英文なのでちんぷんかんぷんです。ちんぷんかんぷんながら、とりあえず、その日の夜、10巻の「HOW TO LOOK AT ART」の229ページで見つけることができました。風呂先生に今度読んでいただこうと思っています。

 この半月くらい、なぜか本を読む気力もブログに書き込む気力もなくなっていました。それで、ハーンへの参加記録もどうなるのだろうとおぼろげに思っていました。
 今日は、安佐地区の滝山に登ってきました。朝8時の集合だけを聞いて、山の名前は聞いていませんでした。日曜日にSさんが、電話を下さって何日があいているのかと聞いてくださり、仲間を集めてくださり、計画してくださったのでした。下山して、夫を見舞ってうちに帰り、荷物を片付けているうちに自分がなんだか元気になっていることに気がつきました。それで、一番にパソコンに向かいました。この記事、書けてよかった!!でした。
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