『草枕』
2015/11/13(Fri)
 夏目漱石著 『草枕』 を読みました。
 このところ、2ヶ月くらいどういうわけか本を読んでいませんでした。もちろん多少は読んでいますが、まとまって読めないでいました。忙しいといえば忙しいのですが、何もしなくても日は過ぎていく毎日のような気もするのに、なぜか読めませんでした。物心ついて本を読みたいと思わない日があったかしらと思う日々でした。
 あまりにも本を読まないでいたので、何から読もうかと戸惑いがありました。この本を選んだのは、『ラフカディオ・ハーン再考 100年後の熊本から』の、猪飼隆明(熊本大学教養部歴史学教授)著「7 外国人と熊本」を読んでいて、《熊本では、西南戦争前にすでに宮崎八郎らを中心に民権運動は姿を見せていたが、彼らの多くは西南戦争に与して参戦、八郎を含め多くが戦死し、また傷ついた。・・・》の文面を読んで、この宮崎八郎と言うひとは、もしかして、白蓮の二度目の夫となった宮崎龍介に関係のある人ではないかと思い、さらに宮崎龍介の母方の叔母に当たる前田卓子は、『草枕』のヒロイン那美のモデルといわれている人だったことを思い起こし、読むことに決めたのでした。
この『草枕』は、1979年第8刷発行の岩波の漱石全集35巻の第4回配本のなかのものです。
この全集は、文教女子短期大学部の1年生だったとき、チューターであった岩崎文人先生から、自分も買うから一緒に買わないかと誘いを受け求めた懐かしいものでした。
 読むまでは、冒頭は人並みに暗記しているものの、内容についてはまったく思い出せませんでした。しかし、本の中には傍線が引いてあったりして、読むには読んだのだと改めて思ったことでした。
 久しぶりの夏目漱石です。読みながら、今の自分は定年退職して何もしないでよい境遇になって、雅趣を求めるのではないにしても、とにかく山中に出かける自分には、おのずと『草枕』の画工の《余が欲する詩はそんな世間的の人情を鼓舞するようなものではない。俗念を放棄して、しばらくでも塵芥を離れた心持になれる詩である。》という気分があることに気づかされます。
 たまたま昨日、狩留家から志和に抜ける湯坂峠の小野池から、高鉢山に登り、頂上から1時間縦走して高鉢槍にいたる間、さらに360度見渡せて、遠く四国の山陰を見極め、より近く鮮明に美しく見える飛行機がゆっくりと青空を西から東、大阪方面に消えてゆく姿を追いながら、その頂上で考えていたことは《余は草を茵に太平の尻をそろりと卸した。ここならば、5、6日こうしたなり動かないでも、誰も苦情を持ち出す気遣いはない。自然の有り難い所はここにある》と、このようなことではなかったかと思えました。
 そして本が読めなかったのは、夏から俗気の多い国勢調査の仕事を頼まれ、難聴が心の負担になっていたのが、原因かとも思ったことでした。
 この『草枕』のなかで、希臘の彫刻はいざ知らずから始まる裸体画に関する感想や、日本の山水を描くことと洋画での色合いの違いについて論じているところは、多分にハーンの旅日記の京都の部分の文章に呼応していることに気づかされたのはわたしだけだったでしょうか。

         
スポンサーサイト
この記事のURL | 未分類 | コメント(0) | TB(0) | ▲ top
<<第183回「広島ラフカディオ・ハーンの会」参加記録 | メイン | 『ラフカディオ・ハーン再考 100年後の熊本から』 5>>
コメント
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://yamanbachindochu.blog106.fc2.com/tb.php/810-4568a955

| メイン |