「朽助のいる谷間」
2015/11/23(Mon)
 井伏鱒二著 「朽助のいる谷間」 を読みました。
 昭和42年集英社発行日本文学全集『井伏鱒二集』のなかに、「山椒魚」・「鯉」につづいての作品です。
 読み終えたあと、最後の小沼丹による「作家と作品」も読みました。
 読んでいる途中、あれはおとといのことですが、仕事を終えて帰ってくるとまもなく電話がかかってきました。職場が一緒だったことのある200メートルくらいのところに住んでいるIさんです。急なことだけど、講演を聞きに一緒にいかない?とのことです。わたしは、難聴であることも忘れてとっさにオッケーしてしまい旧市内まで、彼女の夫の車に乗せてもらって出かけました。そして昨日は、その「孤独死」に関する講演に感化されて、家の片づけをしようとしたところに、突然、これまた職場が一緒だったことのあるMさんが訪ねてきました。
 夫がその声を2階から聞きつけて、お茶を入れるやら食事を作るやらして、わがやにしてはずいぶんな饗応をうけて、3時頃帰りました。やはり講演の影響か、わたしは彼女に30数年前に住んでいた家はいまはどうなっているのかとぶしつけな質問をしました。あれは今年売却した、借りてくれていた人が出ていったので、二世代で暮らしているとなりの人が買ってくれたとのことでした。それはまた良かったね。と運の強さを祝ったのでした。夕方、柚子の木だけがある我が家の貸し駐車場に草引きに行きました。終えて、まだ日が少し残っていたので、そのすぐ近くに住むやはりしばらく会っていない職場が一緒だったTさんを訪ね、車を置いて二人で散歩しました。彼女は自分の菜園のことをある通信のコラムによく書いています。その菜園まで散歩しました。井伏鱒二を読んでいることを話すと河盛好蔵著 挿画奥村土牛の『井伏鱒二隋聞』(新潮社刊)を貸してくれました。
 さっそく今朝読み始め、裏山に登ってきて、その前読んでいた「朽助の谷間」の記憶をたどってブログにむかったのです。
 朽助の悲しみについてかんがえました。
 ①ハワイの出稼ぎから乳母車を買ってきて、幼いときの「わたし」の兄弟の面倒を順に見たが、とくに贔屓の「わたし」が長じて、東京で何で身を立てているのかいまだに明らかにしてくれないこと。
 ②谷間の自分の家が新しく竣工になる貯水池の底に沈んでしまうこと。
 ③今自分のところで一緒に暮らしているタエトという孫娘が、家を出て行ってしまった父親がアメリカ人でハーフであること。これらの悲しみを「わたし」は何一つ取り除いてやることはできません。しかし、この悲しみににどこまでも寄り添って向き合っている「わたし」とタエトによって、読んでいるわたしたちもほっとすることができます。
 この感想は、解説から教授されたものなのですが、この作品はこれらの朽助の悲しみを、滑稽味を加えて描いているところに、ほっとでき、これがくつろぎと申すならまったくその通りだと合点できるのでした。
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