「日本美術に描かれた顔について」
2015/12/06(Sun)
 小泉八雲著 仙北谷晃一訳 「日本美術に描かれた顔について」 を読みました。
 1990年発行の講談社学術文庫『日本の心』の中に収録されています。
 そのころ、ロンドンで開かれた日本協会の会議の席上でエドワード・ストレンジが国民文庫の日本美術蒐集品についての論文を朗読しました。そこで起こった日本画と西洋画の対比の論議の行方について、ハーンの思いに端を発した作品です。
 「塵」に続いて読んだのですが、丁寧に読んでも、わからないようなわかったような、やっぱりわからないような思でいました。論議に登場するような西洋の絵と日本の絵を並べて比べれば、たしょう絵画に通じない私でもわかるのではないかと思ったりもしましたが・・・・。
 ところが、何十年ぶりにパーマをあてに、友達のやっているなじみの美容院に行くと、美容師の友達が郷里の加計町の陶芸作家 岡上多寿子(おかうえたずこ)さんの、「認知症者の母とともに」という副題の付いた『いっぱいごめん いっぱいありがとう』という本を貸してくれました。絵・文ともに岡上多寿子さんによるもので、木耳社より2006年8月初版、2007年11月で4版発行のものでした。絵手紙の拡大版といった形式の本ですが、そのなかに描かれている絵の、特に昆虫の描き方に見入っていると、ハーンが、この作品で言っていることがよくわかります。そして、先日絵手紙を習っていたとき、先生がじーっとよく見て書きなさい。そしてそれが柿であれば、柿の特徴はよく知っているでしょう、それを描き出しなさいと、一見矛盾するようなことを言っておられたようにも思える方法が、ハーンの言っていることに通じていることがよくわかってくるのでした。
 そのようなことを思いながら職場に行くと、以前、踊りの先生にお貸ししていたハーンの田代三千稔訳と、仙北谷晃一訳の「盆踊り」を収録した2冊の文庫本が届いておりました。そのなかの「盆踊り」を読み返しておりますと、日本に来てまもなくの《この村落はすべての芸術の中心から遠く離れているけれども・・・》とひなびた山陰の旅館の床の間に掲げられた掛け軸や、金色の花模様のついた漆器の菓子容れや、跳ね上がる小エビの絵の描かれた盃や、蓮の葉の巻きあがった形をした茶托や、目にするものをことごとく愛で、《じっさい、こんにち日本のどこででも、陶器なり金属品なりでぜんぜん妙味のないもの、陳腐で醜いものを見たら、そのよう忌まわしいものは、外国の影響のもとで作られたものだといっても間違いなかろう》とのべ、日本の絵画や工芸品に対する彼の一貫した鑑賞眼をあらためて知ることができました。
 ところで、パーマを当てた翌日、そんな変身振りも忘れて職場に行くと、子どもたちはそんなわたしを見てびっくりでした。女の子は「先生ヘアースタイル変えたね」くらいでしたが、男の子にはまったく不評で、入学したころより見違えるほど自分を出せるようになったHくん、小さな声でしょんぼり「前の方がよかった」といったので、わたしは何か悪いことをしたような思いになりました。西洋から来たパーマはここでも不評でした。



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コメント
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 「前の方が良かった」という少年の言葉に、日頃の貴女さまのヘヤースタイルを想像致しました。今度一度、前の姿の写真を下さいね。吉永さゆりファンのかすみ様が一目惚れなさった方ですから、お眼にかかりたいものです。少年はストレートな、かすみ様の豊かな黒髪に母性を感じていたのでしょうか。とても麗しいお話でした。
 小泉八雲の感性は日本人の標準的感性を上回るようなデリケートさがありそうです。これまであまり関心がありませんでしたが、こちらでの学習やご本の紹介で、私も少しは八雲のことを知ることが出来ました。ありがとうございました。
2015/12/07 10:09  | URL | みどり #-[ 編集]
- みどりさんへ -
みどりさん 大いなる誤解ですよ。
日ごろはヘアースタイルというようなものではなく、あまりにもひどいのか、友達が切りたがるのです。その要求にこたえるには、いろいろ疲れるのです。それで、彼女がひどい病気になって、病院の送迎をしたとき、今日は少しいいということで、私の美容院に一緒に行くことになったのです。友達が初対面の美容師にいろいろ髪形について注文をつけ、美容師は美容師で、私の髪の質や頭の形について説明し、(もうこうなるとどうでもよく、友達の病気の方が心配です)折衷案でできたヘアースタイルだったようです。
夫が吉永小百合を求めるのは、ないものねだりなのです。ごめんなさいそんな美しい人とは似ても似つかないのです。でもせっかくだからそっくりだと思っていてください。
それに一目惚れなんてものでもなく、寮生活をしていた夫の友人が、私のことを、線路脇から入れる夫の家で時々話すのを、夫の家族は結婚する前から聞かされていて、私の知らない間のなじみだったようです。でも一目ぼれだと思っていてください。
ゆたかな黒髪。これも昔の話です。でもよくこんな駄文に頭を使うでしょう。だから薄くなりました。とりあえず理想は山姥です。
2015/12/08 06:50  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
-  -
小泉八雲の「日本の面影」から、この訳部分はよく覚えています。日本のものを崇め奉って、外国から来たものを(自分の国も入るのでしょうに)こんなにけなす人はきいたことがありませんね。痛快というべきでしょうか。「盆踊り」の印象を書いたところもとてもおもしろかったですね。

吉永小百合さんになりすますぐらい平気でやってください。私なんかオ-ドリ-ですからね。
2015/12/09 12:59  | URL | 花てぼ #ZjTFAI5c[ 編集]
- 花てぼさんへ -
 なりすまし詐欺も、花てぼさんとなら心丈夫です。
 ハーンの文章では最初のものは、日本人としてこそばゆいような気もしていましたが、咸臨丸が最初アメリカに行ったときの事を伝えた新聞記事などをいくつか読んでいると、ほとんど似ています。
 ハーンもアメリカで記者をしていたので、気づくことが似ているのでしょうか。しかし、キリスト教徒と日本仏教への思いは20世紀最大の哲学者といわれたサルトルを先取りしているように思えるのです。サルトルは日本仏教を知らなかったので、違った道のりでしたが、ハーンはある意味、江戸時代の日本の精神文化を、西欧の物質文化に変更する役割を果たす仕事を請け負った人ですから、「ある保守主義者」などを読んでいると、双方への認識の深さに改めて教えられます。
 イギリスで暮らした漱石も同じ思いだったのでしょう。当時のイギリスの現状からみれば、いつ植民地にされてもいたし方のない双方の国力の差の中で、日本が西欧化することはとてもいやだけれども、「ころころ転がっていくしかないのです。」とどこかで書いていたのをむなしく読んだ記憶があります。
2015/12/09 20:19  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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