『ラフカディオ・ハーン再考 100年後の熊本から』13
2015/12/17(Thu)
 付録 「極東の将来」 を読みました。
『ラフカディオ・ハーン再考 100年後の熊本から』は、14章からなり、そのあとの付録に、「ハーンの熊本時代・年譜」・「極東の将来」・「シンシナティの道徳性」・「九州日日新聞」広告欄より(明治24年7月1日付)・「明治26年熊本市外地図」があります。
 この「極東の将来」は、最初誰の著作かわかりませんでしたが、付録の、「ハーンの熊本時代・年譜」に、
《明治27年(1894年)1月27日端邦館で開かれた演説部例会で、全校生を前に「極東の将来」の題で講演。この講演は、『龍南会雑誌』第28号(6月27日発行)の付録として佐久間信恭の前書つきの英文が、また『九州日日新聞』(11月23日から27日)には大里猪熊氏による翻訳が掲載され、各方面で読みつがれることになる。》
との記載がありました。
 《現在と関係づけて将来のことを考えることは、文明には欠くことのできないことである。・・・東洋の将来について諸君に話す場合、私は西欧の哲学者の観点から話したいと思う。・・・極東の将来はすべてでないまでも、ある程度極西の動きに関わりがあることである。・・・今世紀の西欧産業文明の進展と関わるもっとも顕著な事実は西欧諸国の極端な人口増加であった。・・・もちろん西欧は自給自足することはできない。・・・イギリスが戦争で植民地を失ったり、競合で通商を失ったりして抱く大きな恐怖は、飢餓の恐怖である。・・・西欧の民族が世界中に拡張しようとしているのは、生存の必要性からにすぎない。・・・彼らが殖民できた国々では原住民は彼らの前から姿を消した。・・・しかし、西欧の産業主義が極東―中国―にまで到達した時、それ以上の進出は自然の障害物とはまったく異なった西欧がこれまで疑ってみたことのないようなある知恵によって妨げられた。・・・西洋が中国に開港を迫った後は、中国人はほかの国々に行き始めた。・・・彼らは商業を吸収し貿易を独占した。競争相手の労働者を市場から追放した。・・・彼らの知恵・・・彼らの異常なまでの節制心によっている。・・・彼らは職人として比類がないから、西欧の専門職人がやれることは自分の手で半分以下の価格ですることができた。・・・西欧にとって幸運なことは、中国の動きが緩慢なことである。・・・商業的な知恵は最高のものではない、科学的知恵こそ最高のものである。中国はこの方面に能力を示したことはない。しかし、もう一方の東洋の民族はこれを持っている。それは日本である。・・・西欧と東洋の間の将来の競争において確かなことは、最も忍耐強く、もっとも経済的で、そして生活習慣のもっとも単純な者が勝ち残るだろうということである。コストの高い民族は結果的に全く姿を消すことになるだろう。自然は偉大なる経済家である。
 自然は過ちを犯さない。生き残る最適者は自然と最高に共存できて、わずかなものにも満足できる者である。宇宙の法則とはこのようなものである。》
といったないようです。
 これを読み返すと、今の銭食い虫で小賢しいだけの安部政権のやり方では日本人の特性を損ない滅びていくのではと心配になります。
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