第185回「広島ラフカディオ・ハーンの会」参加記録
2016/01/10(Sun)
 出かけるまえに、訪問客があって少しあわてましたが、早めに出かけることができました。
道路の脇を流れる太田川の川面が暖冬の陽気にキラキラと輝いています。3日前に訪ねたKさんが、自分の所属する短歌の同人誌『真樹』1月号に掲載されたご自分の短歌を見せてくださいました。わたしには作ろうとしないから作れないだけだとおっしゃり、このキラキラが詠めたらなーとさかんに思いながらの運転でした。
会がはじまって、新年の抱負を全員述べるようにとのことで、三島さんが、いままでシャワーのように学習してきたことをまとめようと思うとのべられ、ほかにも、おなじようなことを思っているとの挨拶もありました。これはおおいに私も同感でした。しかし、よく考えてみると、私は少し違うような気がしてきました。読むと、なにかに帰結してしまうのです。広がってゆくべきなのに、帰結する(それをいつまで覚えていられるかはおおいに怪しくもありますが)。
帰結するという言葉がふさわしいかどうかはわかりませんが、私にとっては、古今東西知らないことばかりです。それが、なにかを読むことによって、その三次元のある部分にそれが位置づけられるのです。とてつもない勘違いをして位置づけているものに気づくことがあり、修正されることもあります。そのような作業がラフカディオ・ハーンの読み物でも、なされているといえます。新参者だから情報量が非常に少ないからでしょうか。ただ、これを埋められないような読み物に関心が薄れていることに最近気がつきました。今読んでいる本がそうです。白水社刊、キャロリータ・エリアシェフ、ナタリー・エニック共著、夏目幸子訳『だから母と娘はむずかしい』です。小さな活字で450ページ以上あるこの本がよく売れているというのですが、読めば読むほどわけがわからないのです。心理学や社会学に興味がないわけでもないのですが、あらゆるケースが想定されあらゆる問題が発生しそうです。ほんとにこれをまとめるとなると大変です。どのような物差しで読めばいいのでしょうか。許容範囲の狭さに自問自答します。三島さんのまとめるという作業の内容がどのようなものか教えていただければ、おのずと答えがわかるかも知れません。
 おわりころに、高成玲子氏による「ラフカディオ・ハーンと日本美術―その2」という論文についてのお話がありました。
 この論文では、《『日本―一つの試論』が、フェステル・ド・クラージュの『古代都市』をモデルとしてかかれたように、ハーンの美術論はヴィンケルマンの『古代美術史』をモデルとしていたといえるのではないか、と考えている。》と結論が述べられていることを確認しました。
 今このブログ゙記事を書くために、この論文を読み返しているのですが、ラフカディオ・ハーンは、モデルとしたというよりは、日本に、あるいは日本美術にふれて、フェステル・ド・クラージュの『古代都市』、あるいはヴィンケルマンの『古代美術史』をより深いところで理解したと考えるほうが適切ではないかと思えてきました。正月二日、広島県立美術館で、葛飾北斎「富岳三十六景」浮世絵展を鑑賞しました。富士山の稜線に並行する線を相似的に首尾よく配置した画など見せ付けられると、この私でさえ「画の六法」の何たるかを理解しそうです。ついでに言えば、午後ロビーで演奏会の催しがあり、ピアノとバイオリンとフルートとで、『春の海』の演奏がありました。昭和43年頃だったと思いますが、私は人間国宝だった島原帆山の尺八と琴の演奏を聞き、大変感動したことがありましので、この洋楽での演奏がなんだかとてもつまらないものに聞こえてしまいました。まだ耳がよく聞こえた頃のことだったということでは到底説明がつきそうもありません。
 そのようなことを感じることのできる、風呂先生の強烈な印象ののこる新春の濃厚な講義でした。
 
 
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