続 『ラフカディオ・ハーン再考 100年後の熊本から』 2
2016/01/13(Wed)
   2、ハーンと浦島                   西 成彦
 ここでは『日本の面影』のなかの、「夏の日の夢」についての再考がなされています。いままでにも、この作品についての解説を読んだことがあるように思いますが、この再考を読むことによって、ハーンのほかの作品「塵」や、『神国日本』や、『極東の将来』などにも通じる思いがこめられていることにきづかされるようになり、「夏の日の夢」が、いままでとは違った作品に思えるようになりました。
 それは文末の、《こうして見ると「夏の日の夢」とは文明批判家ハーンが試みた西洋世紀末芸術の総決算のような作品であったことがわかる。そして、それは文明の極北に到達した西洋の読者ばかりか、その極をめざして歴史的生存競争の中で悪あがきをはじめた明治日本の読者にとっても、ひとごとではすまされない警告を含んだ文明論的エッセイでもあったのである。》へとつづく著者の深い再考によるものです。
 わたしは、 「夏の日の夢」を、以前読んだときは、ずいぶん情緒的に読んでいたことを思い起こしています。しかし、この再考を読んだあとに読み返してみますと、書き出しから、《その宿屋は私にはまるで極楽のようであったし、またそこの女中たちは天女のように思われた。それというのが、ちょうどその時わたしは、ある開港場にある「近代的に改善された設備」をすべて備えているというヨーロッパ風なホテルでのんびり過ごそうとしたのだが、そこに居たたまれずに逃げだして来たばかりのところだったからである。》(田代三千稔訳)とあり、西洋を真似たホテルを逃げ出し、日本に古くからある宿屋で、極楽をあじわっていると、すでに、西成彦氏の再考の文末を示唆していることに気づかされます。
田代三千稔氏の梗概では《1893年(明治26年)7月、長崎に行った帰りに三角港から熊本へ引き返したときの、現実と空想が交錯した異色ある紀行。浦島屋というのは、朝三角に着いて朝食をとった宿屋の名で、それがこの一文に、うるわしい日本の伝統と空想とを導きいれる因となったものである。》と述べられています。
 「夏の日の夢」は、痛烈な文明批評ともとれる作品でありながら、情緒的な印象が残ります。それは、この近代文明の発達した西洋の時間の流れと、ハーンが来日して出会った明治半ばまでの、おとぎの国のような東洋の端の小さな国日本の時間の流れ、西洋と日本という異なった歴史を歩んできた二つの文明圏の対比を、浦島における地上での時間の流れと竜宮における時間の流れとの対比において理解されていくその過程の詩情にあふれた文体に引き込まれてしまうからでしょうか。
偶然にも、先日の第185回「広島ラフカディオ・ハーンの会」で、教わった、高成玲子氏の「ラフカディオ・ハーンと日本美術」にも引かれていた、フランスの歴史家ヒュステル・ド・クーランジュの『古代都市』との関係もこの再考でも抑えられていて、このなかに描かれる「ギリシャ」について現実に即して理解したのは、この日本の祖先崇拝のありようをまのあたりにしてのことであることも明記されていました。
 この「夏の日の夢」にはもうひとつ「浦島」とは逆の内容とおもえる「若返りの水」の再話も挿入されています。これは、元の姿には戻りにくいということをとおして、急速に近代化をすすめ、西洋の二の舞になることへの教訓でもあることをも知ることができました。


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