『夏目家の福猫』
2016/02/06(Sat)
 半藤末利子著、『夏目家の福猫』 を読みました。
 200ページあまりの文庫本ということもありますが、おもしろくてあっというまの読了でした。
 著者の半藤末利子さんは、漱石の長女筆子と松岡譲夫婦の四女で半藤一利の奥様です。漱石の門下の人たちや、奥様、子どもさんの本までは読んだことがあるように思いますが、お孫さんは初めてです。漱石の長子のお孫さんとはいえ、長女の筆子さんの結婚が漱石がなくなってからですから、漱石については祖母の鏡子、母の筆子などから聞いたことでわかったことということになります。
 文中、印象的だったのは、筆子と松岡譲の結婚へのいきさつでした。
 《久米が祖母鏡子に筆子を欲しいと申し出た時には、古参の弟子たちはこぞって猛反対をした。芥川龍之介、久米正雄、松岡譲ら第四次新思潮同人が漱石の門をくぐったのは漱石の最晩年の僅か1年間に過ぎないが、単に末席を汚すどころか彼らは華々しくあり過ぎて、先輩たちには面白くない存在であった。
 そこへもってきて目立ちたがり屋の久米が漱石の一周忌を待たずに長女に求婚したとあっては古参軍が許すはずがない。しかも血気盛んな若い父達は古参軍に立ち向かうように、久米を蔭に日向に応援したという。・・・鏡子も「私には異存はありません」と祖母はむしろいそいそとそれを受け入れている。・・・久米と結婚しなければいけないと自分に言い聞かせはしたが、一目見たときから好きになってしまった父松岡に対する愛は日ごとに深まるばかりで諦めようもない。・・・なかなか筆子から色よい返事が貰えぬ久米は焦れる余り、二人の恋が成就することをほのめかすような小説を発表したり、二人の恋が結ばれ婚約も間近、などというゴシップを自ら流して雑誌に載せさせるなどした。》
 久米がそんな小細工をすることで鏡子に嫌われるようになり、鏡子は、漱石に“北哲学者”といわれていた松岡譲は寺の長男でゆくゆく生家を継ぐものと結婚の対象としては最初から除外していましたが、彼に信頼を置くようになりました。
 筆子のひたむきな愛を知らされた松岡は越後まで両親を説得に行き、弟に僧籍を譲り許可をもらって帰郷したときは鏡子はうれしさの余り有頂天で松岡を迎えたそうです。久米の時には反対の大合唱を繰り広げた先輩たちも松岡の時には特にうるさ型の最たる小宮豊隆さえ、身を堅くして報告がてら挨拶に訪れた松岡に「僕は君を嫌いでないからいい」と拍子抜けするほど反対を唱えなかった。という二人の結婚についてのくだりです。
 また、半藤一利について、解説に嵐山光三郎が社はちがったが互いに松本清張担当だったことがあることについて触れているところや、著者の半藤末利子さんの英語が大変堪能であることに触れてあるところも印象的でした。
 松岡譲や、半藤一利という人にそれとなく関心を持っていたのですが、この本はそのような興味に応えてくれる本でした。
 
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