『硝子戸の中』
2016/02/08(Mon)
 夏目漱石著 『硝子戸の中』 を読みました。
 岩波の新書版の全集で、初版は1957年(昭和32年)です。
 私が小学校2年生のときです。小宮豊隆の解説がこの年に書かれたものなのだと感慨深くなります。
 昨日読んだ『漱石の孫』のなかで、著者の夏目房之介が漱石のものでは『硝子戸の中』が一番好きだと述べられていて、これは読んでいないと楽しみにして本をめくったのですが、大切と思えるところには傍線など引いているのをみると、すでに読んでいることがわかり、そのことを全くおぼえていないことに半分ショックを受けながらの読書となりました。
 漱石は大正5年に亡くなるのですが、『硝子戸の中』はその前年、大正4年1月13日から2月23日発表の作品です。前年の暮れから病気で寝込みすこし快復し始めて、家の硝子戸の中で考えることをエッセイにしたものです。
 病気で何もできないときでないと考えられないと思える深い話が多く、これは若いときには読んで分かったつもりでも身に置き換えて読むことは不可能だからおぼえていないのも当然かと思えます。
 意外と「旅の衣は篠懸(スズカケ)の」とか「もうしもうし花魁へ、と云はれて八橋なんざますえと振り返る、途端に切り込む刃の光」とか大塚楠緒への句で「あるほどの菊投げ入れよ棺の中」などはかなり覚えていて、こんなところにも書かれてあったのかと漱石に親しんだことは思い出します。
 《私がこうして書斎に座っていると、来る人の多くが「もうご病気はすっかりお治りですか」と尋ねてくれる。私はいつも同じ質問を受けながら、何度も返事に躊躇した。そうしてその極何時でも同じ言葉を繰り返すようになった。それは「ええまあどうかこうか生きています」というような挨拶に異ならなかった。》と自分の健康状態を言い表す適当な言葉が浮かばなかったが、ある日T君が元の病気の継続なんでしょうと言ったところから思索が始まります。病状を聞いてくれる人々も心の奥には、話相手も知らないし自分達でさえ気のつかない継続中のものがいくらでも潜んでいるのではないだろうか。所詮われわれは自分で健康に楽しく暮らしている間にできた病原を抱えた一人残らず死という遠い所へ談笑しながら歩いてゆくのではなかろうか。そのことを自分も人も知らないから幸せなんだろう。とその頃の欧州の戦争の行方のことなどにも思いを巡らしています。
 また人とのかかわりについても、「騙されるのもいやだし、だからといって疑うのもいや」というような気持ちについて、自分が人を見誤らないために、
 《もし世の中に全知全能の神があるならば、私はその神の前に跪いて、私に毫髪の疑いをさしはさむ余地もない程明らかな直覚を与えて、私をこの苦悶から解脱せしめんことを祈る。でなければ、この不明な私の前に出てくる凡ての人を、玲瓏透徹な正直ものに変化して、私とその人との魂がぴたりと合うような幸福を授け給わんことを祈る》などといい。そうでなければ死ぬまで不幸だとも述べていて、漱石が自分の心に寄り添う思索が、読む私たちとも同じようなものであることを思わせられます。

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コメント
- 硝子戸の中 -
この題名で、高校時代に読んだことを思い出しました。全集の中にあったのでしょう。淡々と書かれていた文章を、淡々と読んだような気がします。古い装丁の夏目漱石全集があったので、順に全部を読んだのでしよう。漱石の文の書き方から、少し影響を受けたような気がしています。
2016/02/09 21:50  | URL | 志村建世 #-[ 編集]
- 志村さんへ -
 漱石も志村さんも平たい文章を書かれると思えるのはそんな経緯があったのですね。漱石と同じ時代で戸川秋骨などは辞書をひきながらでないと読めません。ハーンの作品は読みやすかったと志村さんが以前教えてくださいましたが、そのハーンの研究書にも、つい最近まで生存していた人なのにやはり辞書を引きながらでないと読めない作品があってうんざりすることがあります。小泉八雲を読んでいると教材にもいちいち介入した時の官立学校にもずいぶんいやな思いをした様子が分かり、漱石はある意味新聞人になって国民へのジャーナリズムに適する文章を提示してして見せた人かもしれませんね。
 余談ですが、この作品の中にも漱石のなじんだ東京のいろいろな地名が出てきます。こんなところが志村さんなどが感覚的にも読めるのではないかといつもうらやましく思います。
 無駄な説明を必要としないのも東京育ちの特徴の一つではないかと思う時期もありました。
 しかし、漱石がストレスの一つに親族が皆東京にいることを述べていて、皆は地方から出てきているがと、他の作品で読んでそんなものかとすこし以外に思いました。

2016/02/10 07:33 | URL | 深山あかね #-[ 編集]
2016/06/06 01:21  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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