『きょうもいい塩梅』その2
2016/02/14(Sun)
 内館牧子著 『きょうもいい塩梅』 を読み、昨晩NHKの司馬遼太郎の旅『日本人とは何か』を見ていての気づいたことがあったのでそんなこと記録します。
 以前このブログで、裏山で知り合った方々の話から、どうしてだろうと思うことを記録したことがあります。
それは、たまたまその中に、高知県出身の人、山口県出身の人が、それぞれ、自分たちの郷土について語るとき、高知県の人は長宗我部氏、山口の人は大内氏、そして私は元が広島県吉田で、後広島に城を築いた毛利について語ります。もっと現代に近い江戸時代藩主の福島氏や浅野氏について語ることはないということでした。
 内館牧子著 『きょうもいい塩梅』のなかに「水」というエッセイがあります。このなかで、
 《初めて会ったとき、どの地域の人もよく話題にするのが「蛍」のことであった。
 毛利の本拠地広島の人たちは言った。「六月になると、蛍がいっぱい出てくるんですよ。子供のころ、小さい蛍は毛利ホタルで、大きのは尼子ホタルだって言ったもんです。尼子の方がずっと大きな家だったんですから。ホタルは今でも乱舞しますよ。小さいのと大きいのがぶつかるように飛ぶ様子は、毛利と尼子の合戦みたいでね。でも、結局、小さな毛利ホタルが勝つんだな」
 尼子の本拠地、島根の人たちも言う。「尼子はすばらしい武将一族でした。でも理不尽な滅び方をした。だから、尼子一族の墓に飛ぶ蛍を、怨念ホタルなんて呼ぶ人もいます。でもそうじゃなくて、尼子一族を慰めるために出てくるんですよ。ですから島根の蛍はどこよりも清らかで、どこよりも幻想的です。
 大内の本拠地、山口の人も自慢した。「山口でも長門でも、もう湧きあがるように蛍が出てきます。西日本最大の守護大名と言われた大内家が栄え、滅びた地ですからね。栄華をきわめた時代を偲ばせるかのように、そりゃ、きらびやかなものです」三者三様のお国自慢、領主自慢が展開され、500年の歴史が今も生きている。》
と私ばかりではなく、やっぱり内館氏もこのように感じられたのだ。と思いました。
 そんなことを思っていた矢先の、司馬遼太郎の旅『日本人とは何か』を見ていて気付くことができました。
  《いま、日本建築とよんでいるもの、要するに室町末期におこった書院造からでている。床の間を置き、掛け軸などをかけ、明かり障子で外光をとり入れ、襖で各室をくぎる。華道や茶道、能狂言、謡曲、日本風の行儀作法も婚礼の作法もこの時代からおこった。》と述べています。
 そのとき領主が質素で足るを知る人であれば、領民もそれを良しとし、きらびやかで華美を好む領主であれば領民も華美を好む。それら室町時代後期の領主の思想・文化が連綿と今に続いているのだということのようです。だから、そのときの領主がルーツになって今になっても郷土をおもうとき、室町末期の領主が話題に上るのだということにきづかされました。

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