第187回「広島ラフカディオ・ハーンの会」参加記録
2016/03/15(Tue)
 当日は、午前中、夫と友人とで西区に住んでおられる大昔の先生を訪ね、そのあと二人を広島市青少年センターに送り、そのまま出席するという、私としてはハードなスケジュールのあとの出席となりました。終わったあとも、外出中の夫を迎えに行き、何十年ぶりの午前様の帰宅になりました。
迎えに行ったのは、教育委員会に勤めていて、親の介護のために少し早めに退職し、両親の介護をおえたあと飲食店を開いている友達の店です。店主の彼が、私より少し遅れて広島大学で社会教育主事講習を受講したことを知り、私が、受講した内容は、受講後10年もたたないうちに世の中のニーズが変わって役に立たなくなったように思うというと、彼はその逆だといいました。あとになってよく考えてみると、社会教育現場にいた彼が言ったことは正しかったと気づきました。社会教育課が担当している学童保育を含む児童館(小・中学生対象)にいたわたくしは保育について学問的に学んだことはないのですが、現場が要求してくるものに応えられるのは、子どもの基本的人権を守れる能力を持った人だと、このところ痛切に感じており、これは未来永劫代わることはないのだと思えたからです。
 ハーンの会では、冒頭風呂先生が、このところ話題になっている万引きをしたと間違った経歴が残されていた府中の中学生の自殺に、学校側への強い牽制のことばがありました。じっさい、山登りなどで聞く意見では、たとえ万引きをしていたとしても、あの対応は、教育をするといいながら、教育者として給料を受け取る、詐欺集団としか思えないとの声もあるほどです。
人間だけが、一人前になるまでに20年かかるといいますが、そのような社会に育った子どもが、次世代を産み育てる自信がないといった世の中になることは本当に悲しいことです。
 つづいてハーンの会では、3月12日ということで、東北の震災で亡くなられた多くのかたがたへ黙祷をささげました。時の止まったようなこの黙祷の時間、被災者のなかには、このように震災以後、喪失感でいまだ時間が止まっているように感じておられる方も多いのではないかと思いました。
 また、ハーンの会のニュースには、1891年(明治24年)に松江で開催された新古美術品展覧会についての作品など、日本の美術に関するハーンの作品の文章が、4枚プリントされており、家に帰って、風呂先生の説明を思い出しながら精読いたしました。最近、あらためてできるだけハーンの作品に触れたいと思っていただけに、この4枚のプリントは貴重でした。
 松平伯爵からの出展も多々あった部分を読むと、ハーンがつぎに訪れた熊本、そこの元藩主細川家のことも偲ばれます。ひととき、白洲正子の本をつぎつぎと読んでいたことがあり、その頃細川護煕氏が、「白洲(旧姓樺山)正子さんが、お宝を父にねだってよくもらっていました」とテレビで言われていました。細川家の家宝というと段違いにすばらしいものがたくさんあったのではないかと想像を膨らませてしまいます。
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