『100分de名著 ブッダ最後のことば』
2016/03/16(Wed)
 佐々木閑著『100分de名著 ブッダ最後のことば』を読みました。
 『100分de名著 ブッダ真理のことば』にひきつづいて読みました。(あいだに、『100分de名著 般若心教』があったということですが、残念ながら今のところ入手できていません。)
 「もろもろの雑行雑修自力のこころをふりすてて、一心に阿弥陀如来、われらが今度の一大事の後生、御たすけそうらえとたのみもうしてそうろう・・・」と子どものころ毎朝仏壇の前で両手を合わせて意味も分からず唱え、両親に時間があればさらにながい「正信偈」をとなえていたことを思い起こします。
 今こうして、仏壇の前から「真宗勤行集」を持ちだし、開いて書き写してみると、おなじお釈迦様を仰いでいた宗教とはいえ、著者の佐々木閑氏が、示されるブッダ入滅後100年ころの教えをもとにした上座部仏教とはずいぶんな開きがあります。
 《大乗の考え方は、どちらかと言うとキリスト教やイスラム教に近く、私たちの外に存在する大きな力に救いを求めるものです。それに対して原始仏教は、外界ではなく心の内側に目を向け、努力による自己改革を目指します。人知を超えた不思議な力に頼ろうとするのではなく、自分の心のあり方を変えていくことに救いをみいだす―という点で、原始仏教は合理的、論理的に物事を思考する現代人にもマッチするという教えといってよいでしょう。》
と述べられているのもうなずけます。
 しかし、原始仏教によらなくても、普通に考えて、自分の心の平安は、心のあり方でしかどうにもならないことは誰でもわかっています。でも、そのためにブッダの教えがあり、修行があるということについて考えさせられます。
 聖徳太子の「十七条憲法」のなかに、「篤く三宝を敬え」とあります。三宝の「仏・法・僧」の僧というのは、「サンガ」のことです。  「サンガ」とは、ブッダの教えを守って堅牢な生活を送りながら煩悩を一つずつ消していって、一歩一歩悟りへと近づいていくという仏教本来の目的のために、教えの実践をベースとした「自己鍛錬システム」の組織のことです。ブッダが自分の見つけた悟りへの道を、弟子たちにも実践してもらいたいと真剣に考えて作った修行組織です。その「サンガ」を自分の死後も末永く保っていくにはどうしたらよいか考えて残したさまざまの遺言が「涅槃経」に現れていて、実際そのサンガが2500年過ぎた今にいたるまで続けられて残っていると述べられています。
 今現在にまで引き継がれることを可能にした組織作りの鍵こそが驚嘆させられ、「涅槃経」の最大の魅力になっているようです。
 そのフレキシブルなサンガのなかで、
 《ブッダは今でこそ世界の偉人として神格化されていますが、当時の弟子たちにとっては自己鍛錬システムのインストラクターのような存在でした。たよれる先輩、といったイメージです。》と述べられていることで、そこで息づくブッダの素顔が偲ばれ、「涅槃経」の魅力に心奪われるのではないかと思われます。また、この自己鍛錬システムが、拡大のための組織ではなく維持の為の組織であるということにもその鍵がありそうです。
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