続『ラフカディオ・ハーン再考 100年後の熊本から』6
2016/05/05(Thu)
 藤原万巳著 6 増殖する雪おんな-消え(残)る息・ことば・子供 を読みました。
 わたしは、ラフカディオ・ハーンの会でハーンを顕彰させていただくようになって、ときどきお手伝いする児童館の二階の倉庫におさめられている紙芝居に注目し、「飴を買う女」や、「むじな」・「雪女」などをみつけ、なんどか子どもに読んで聞かせました。これらのものの著作にハーンの名前はどこにもなく、松谷みよこなどの名前があったように思いました。
 このたび、この再考を読んで、わたしの紙芝居にふれた子ども達はそれぞれなにを感じただろうかと、あらためて思います。それくらい、ハーンについてまだまだ知らないことだらけのわたしにとって、この再考の関心が結論はともかくとして、思いもつかなかったものだったからかもしれません。
 もともと、怪談話にほとんど興味を持っていなかった私ですが、もし、「雪女」についてわたしが何か考えるとしたら、みのきちと雪女の間には子どもがいるという事実から考えるかもしれません。
 雪女とはいったい誰でしょうか。名前を名乗ることの決してできない女。それがここでは、雪女であり、それが明かされると、身を引かざるをえない女性。関係を持ったのがたまたま冬の雪降る寒い冷たいときであったと考えます。
 さいわいそのむかし、みのきちの子どものように、親を名乗れない子どもも結構いました。
 「みのきち!おまえ、子どもがいるんだって!かわいい女房もいるって言うじゃないか!あれだけ女に縁のないくらしをしているのにどうした?おおかた雪の降る夜に雪女にでもおそわれたんじゃないのか?へへへへへ。」といってひやかされてもいました。ところが、みのきちがある日変な噂話を聞いてきました。隣の国との国境にある柴山村の跡取り息子に来た嫁が、もう何年前になるか、雪の降る日に隣に行くといって出かけたまま帰ってこないでいたのだが、つい最近この村でその女を見かけた人があったって言う話だよ。おまえと同じように唇の横に黒子があって、、、えっ!まさか!」「おまえさん、もうここにいることはできない。見逃しておくれ、子どもは頼んだよ」というのが、本当のお話なのです。これを、「雪女」という話に作り変えたと考えます。
 わたしはこのような時代がまるで嫌いではありません。
 現代は、あまりに死角がなさ過ぎます。子どもたちでさえ朝から晩まで誰かに監視されています。わたしたちの子供の頃は、豊かではなく、家に帰っても親は働いていましたが、母屋のほかにも蔵や、納屋や、客殿や、農機具小屋など、親からの死角がじゅうぶんありました。そのような時代を思い起こすと、現在の生活は息が詰まりそうです。
 この「雪女」はこのような世間の死角の中で起こったできごとです。
 おじいさんは山に芝刈りに、おばあさんは川に洗濯にという話も、それほど忙しくもない二人暮しなのにわざわざ二人が別のところに行かなくてもいいのに・・・。それで、川から大きな桃が流れてきて、子どもを授かる。これも死角でできためでたいお話です。
スポンサーサイト
この記事のURL | 未分類 | コメント(2) | TB(0) | ▲ top
<<続『ラフカディオ・ハーン再考 100年後の熊本から』7 | メイン | 認知症の母の教え『千の恩』>>
コメント
-  -
 ほんとうに監視社会の息苦しさがありますね。地方の田畑の傍らにも監視カメラが備えられてあるような気がします。以前スイカや果実がごっそり盗まれたとの報道がありました。危険がいっぱいの都会では監視カメラが役立つケースも多く、設置反対と声を発していた人たちも消えゆく有り様、放課後自由気ままに遊んでいた昭和20年代~30年代、思い起しますと、その頃には広場や草原が沢山残されておりました。今では10坪の土地さえ売り物買い物、無断駐車する場すらありません。
 死角ということばに新鮮さを感じました。
ラフカデォハーン関連で、更に読書や興味の幅が広がって行きそうですね。
2016/05/06 11:05  | URL | みどり #-[ 編集]
-  -
児童館のまだなかった頃から、学童保育の仕事をしているからか、死角について一人でよく考えます。
 物理的にも、人の配置でも、死角のまったくないところの子どもは、長い間には集団ヒステリー的な症状を起こすようになることがあります。それぞれの子どもの特性がつかめたら、それに気づいて、ふだんは死角を作るべく「いやなことや、困ったことがあったら言ってね」とその場を離れることも必要です。助けを求められたら、どんなことでも聞いてやればいいのではないでしょうか。子どもだって一人の人格です。悪いことをしたときは罪悪感も感じるし、人知れずいいことをすることへの喜びもちゃんと知っているのです。そして、死角で起こったそのようなできごとを覗き見して、人生を深めているようなことだってあるかも知れません。
 テロを理由に死角をなくすれば、呼吸困難な時代になるかもしれませんね。さらに、死角対策を24時間残業代を要求しないロボットにさせるようになると、どうなるのでしょうか・・・。
2016/05/06 16:09  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://yamanbachindochu.blog106.fc2.com/tb.php/865-83be0352

| メイン |