続『ラフカディオ・ハーン再考 100年後の熊本から』7
2016/05/07(Sat)
 福澤 清著 7 ハーンの異文化理解と外国語教育論 を読みました。
 この再考は11ページの短いものでした
 ハーンが、外国語教育について、どのように考えていたのか、ハーンの作品や、ハーンの書いた新聞記事、チェンバレンや西田千太郎、そして大谷正信にあてた書簡などから探ってみようという試みです。
 このハーンの資料のなかには、かって自分が外国語を習得したときのことや、じっさい学生を目の前にして教授しながらの思いがあるでしょう。
 まずハーンの目の前の生徒たちは、さまざまの分野の学問をしなければなりません。そのなかであらたに外国語を学ぶことの大変さを感じています。必須科目としての英語が、ドイツ語・フランス語のように選択科目であってもいいのではないか。漢文一科目の勉強だけでもヨーロッパ語なら六ヶ国語習得の労力に匹敵し、その負担の過酷さの点で、ハーンは生徒たちにかなり同情的です。
 学生が、異文化の国々のことばを習得することの意味について考えています。卒業試験に受かって役人になるのが目的の学生。試験におびえていて萎縮している学生がほとんどのようでした。そのような学生のひとり、松江中学の教え子で帝国大学にすすんだ大谷正信には書簡で、文学者になることは、言語に対する特別の天秤感覚が必要で、たとえなったにしても、ヨーロッパでさえ食べていくのは大変だから、いわゆる理科系のほうめんにすすむようアドバイスしています。
 学生たちが、比較文学として英語を学ぶとすればと、宣教師が選んだテキストの選択にも大きな疑問を投げかけています。
 外国語を視覚的にとらえる。あるいは聴覚的にとらえる。という具体的な方面への言及になると、言語を覚える年齢に限界があるといいます。つまり子供の頃から学べばかんたんに学べるということです。または、語源がおなじ言語も学びやすいとも言っています。
 これらハーンの心配は英語大の苦手のわたしをいちいち弁護してくれているようです。英語を学ぶことの必要については、私も知ってはいたのですが・・・。子どもの頃、いつも遊びに行っていた中学校に入った頃亡くなった母方の祖父が、いつも二つ折りの屏風を背にして、囲炉裏を前に座ってラジオを聞いておりました。農作業をして帰ってきた大人たちは一日の終わりに、今日なにが起こったかこのおじいさんに聞いていたのでした。そのおじいさんに今頃はカタカナことばが多くて分からないことが多い。おまえ達が大きくなったら英語をよく勉強していないとニュースが理解できなくなるぞと脅されていました。テレビの時代になって、こんどは両親に、今は外国人のしゃべったことには字幕が出ているがおまえたちが大きくなったら字幕が出なくなるぞと脅されていました。もしかして、学校で前日のニュースを英語で教えられていたら、このようなわたしでも、おじいさんの教訓を胸に、少しは勉強する気になったかも・・・。
 とりあえず、ハーンの同情に感謝の再考でした。
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