画集『靉光』
2016/05/15(Sun)
 宮川寅雄・朝日 晃 編 画集『靉光』 を読みました。
 昭和55年に講談社より価格が32000円で出版された本です。
 「ピンポーン」と鳴って玄関に出てみると、右どなりの奥さんがこの画集をズックの袋かばんに入れて立っておられました。「佐々木さんが返しに来られたので、見ていただけたら、叔父さんもよろこぶと思って・・・。ゆっくり見てやってください」といってわたしてくださいました。
 となりの奥様は、靉光の姪っ子に当たる人なのです。そのことを毎朝の福王寺散歩で出会う人たちが知ったのは、つい最近のことです。何人かが誘い合わせて県立広島美術館で開催中の「徳川名宝展」に行かれ、あわせて別の階で「靉光」も展示されているということでそれも見に行ったとき隣の奥様が、靉光は私の叔父なのよといわれて、裏の福王寺歩きでは、徳川そっちのけで、靉光のことで話題沸騰です。
 なにしろお借りしたものですから、丁寧にひとつひとつの絵を見ていきます。
 なにが書いてあるのかよく分からない絵が続きます。なかに「目のある風景」や、「鷲」の絵を見たとき、ルドンの絵を思い出します。そして、やっとあの有名な自画像の絵が出てきます。自画像の絵はそれ以外にも数点ありますが、それぞれともおなじ人を書いたとは思えません。自身の写真とも似ていません。
 解説では、難しい絵画用語がでてきて、じゅうぶん理解はできませんが、絵の見方がわたしなりに少しずつわかってくるきがします。絵画の魅力がすこしつたわってきます。わかってくると寝ていてもその絵のなかのオブジェが頭の中でうごきまわります。おなじ広島の中国山地出身の奥田元宗の絵のなかで、自然の風景が成長して膨らんでくるような動きではなく、ゴッホのような風を感じるような動きでもありません。永遠の宇宙のなかを動き回っているように感じてきます。
 靉光の特徴を年代別に述べる朝日晃氏の解説が、1936年クルト・セングルマンの「頭脳に浮かんでくる凡ての幻影を結晶せしめ、自然主義絵画に見られぬ一つの新しい具象的な世界を形づくろうとする。」と明確化する記事や、ピカソの「パンチュール」、ルドンの「目を好む奇妙な軽気球」、・・・・の図版が、美術雑誌に掲載されたことがある部分に来て、やはりルドンの影響であることがわかってきます。1938年に第8回独立美術協会展に出品して独立賞を受けたのが「風景」(国立近代美術館蔵)でのち「目のある風景」とよばれたとのことでした。
 この解説では、いま原爆ドームになっている広島産業奨励館で1936年に開かれた芸州美術協会総合展覧会に、始めて郷里で38点という大量の作品を発表する機会もあり、そんな時販売された絵などほとんどが原爆で焼けて現存していないのと、1944年に召集されたとき、帰ってまた書くといって大量の絵を燃やしてしまったりして、多くの絵を失っていることや、1946年上海呉淞第175兵站病院で戦病死したことに強い衝撃と無念を感じました。
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