『生誕100年 靉光展』
2016/06/09(Thu)
 『生誕100年 靉光展』を読みました。
 お隣の奥様が、やはり2007年の記念行事に向けて作成したNHK「日曜美術館」のDVDと一緒にお貸しくださいました。
 この本は、2007年、靉光生誕100年を記念して、東京国立近代美術館・宮城県美術館・広島県立美術館が、「生誕100年 靉光展」を開催するにあたり作成したものです。
 この制作にあたられた方々は、さきに読んだ『画集 靉光』・『『AI MITSU 靉光と交友の画家たち』など、既存の靉光にかんする書籍などをふまえて、このたびの展覧会の意義を、
《生誕100年となる今年は、また彼の没後61年目でもあるのだが、この61年間その時々に、靉光がどのように論じられてきたかを検討することは、そのまま画家と社会との関係についての戦後思想史となり興味深い。・・・「戦時下でも自己表現を貫いた抵抗の画家」「戦争で命を奪われた悲劇の画家」・・・「異端の画家」「日本のシュルレアリズムの代表」・・・だが一方でそうしたキャッチフレーズは、彼を伝説化し、それ以上に踏み込んだ客観的・実証的な研究を困難にする。一種の先入観を形作ってきてしまったともいえる。実証的なイメージの影響関係や技法上の独自性をめぐる研究は、比較的近年になってから、ようやく本格化してきたといってよい。そして生誕100年の今日、私たちは靉光の作品を、どのように受け止めるべきだろう。その魅力の秘密に、その謎に、今回の展覧会は少しでも迫ることができるだろうか。》と、改めて設定しておられます。
 この想いで、絵画も、以前の2冊のように、額におさめられた写真ではなく、画面いっぱいに絵の一部分を拡大してあったりします。これについては、以前の2冊で全体を見ながら近づいてみるという見方ができたらいいと、前の2冊を返さないで、見比べたかったという思いがいたしました。
 それにこたえて、『花園』の絵は、大きさをそれぞれ変えて、三枚の写真があり、「蝶」の拡大写真は見ごたえがあります。
これらの絵に見入って、山に登るとそれを見た私も山の見え方が違ってくるようになります。絵の意味がわからないように、実は、私が見ている山の樹木や草花も、鳥や昆虫、カエルやミミズなども、まったく私の生活にはなんら関わりもなく、その生息している意味も分からないのです。昨日、今日は、静謐で美しいバイカウツギの花や、テイカカズラの風車のような花や玉椿の小さな白い花がアスファルトの上にあちこちと散り落ちているかと思えば、3・4日前あたりにはノイバラやガクウツギ、ネジキの花が道いっぱいに散っていたりするのですが、これらの山の木々の日々の移り変わりが、私に何のかかわりがあるとも思えないのです。そのかかわりのないものが、生きて緑をましながら日々変化していくさまに、心惹かれるのです。
 靉光の生家の姪っ子だという隣の奥さんが、「私は昭和13年生まれで、小学校へ上がるか上がらないかの頃、叔父さんが時々うちに帰ってきたのを覚えとるんよ。」といわれた言葉。遠く中国から妻にあてた手紙に、壬生に寄ってから帰りますと書かれているのを読んだときふと我に返りました。
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2016/06/12 08:19  | | #[ 編集]
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