「教育と文芸」
2016/07/11(Mon)
 夏目漱石著 「教育と文芸」を読みました。
 明治44年6月18日、長野県会議事院において講演したときの講演記録です。
 漱石は最初に、ここで取り上げる教育とは、学校教育・家庭教育・社会教育を含み、殊に道徳的な部分について論じ、文芸とは小説戯曲などの文学について論じることを断ってからはじめます。

 講演の中では、二つのことについて述べてあるように思います。
 ひとつは、教育と文芸との関係についてです。わざわざここでこのことに触れてあるのは、現代の私たちには考えられないことですが、講演が行われた当時の時代背景によるものと思われます。当時、文学は教育を超絶しているといった論議や、教育者の間で、文学はいらないのではないかといった論議があったようで、あえて、この二者の関係は密接で、二つであるけれども、つまりは一つに重なるもので、決して離れないものだと述べています。

 そしてもうひとつは、教育や文学におけるロマン主義と自然主義についてです。このロマン主義と、自然主義のどちらか一方に偏ることがあってはいけない。教育や文学にとって二者の調和が、今後の重要な課題になることを述べています。
 このことを理解する為に、昔の教育の特徴と、その弊害を丁寧に説明しています。節婦貞女忠臣孝子などと理想的な人物像をたてて、それにつきすすむことを要求され、社会は少しのあやまちも許さず、申し訳が立たなければ坊主になったり、あるいは切腹するというようなことも要求されるというロマン主義のみの時代のことです。このようなエモーショナルな努力主義、理想主義から出発した教育が、自然科学などの発達によって、人は概念的な精神だけでは成り立たないと、徐々に現実の事実から出発する自然主義の教育に変化して来たことを説きます。しかし、自然主義の道徳文学には、自己変革をして向上しようという動機が薄くなるという欠点が働くのではと気になります。人の心は、自分以上のものになりたいという根本的な要求を持っています。以前のロマン主義とはちがった、このような新ロマン主義というべきものと自然主義とを臨機応変に調和させることが肝要だと説いているのです。
 わたしは、漱石のエモーショナルなロマン主義と自然主義について、大意はおなじですが、別の文章を読んだ記憶があります。それがなにだったかはまったく思い出せません。もしかしたら、『文学論』の中にあったのかもしれません。ロマン主義なり自然主義なりのどちらに大きく振れるとその反動として、反対にも大きく振れるる振り子のようなものだと、中央を見定めるようにというような文章であったように思っていましたが・・・・。
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