『慕情』
2016/07/12(Tue)
 古くに録画していた映画『慕情』を見ました。
 1955年11月に日本で公開された映画です。
 松岡鶴次著による『黒い蝶』を読んで、いろいろ考えさせられたあとであったこともあり、音楽の題名は『慕情』でもいいのですが、この映画の題名は『黄色い蝶と白い蝶』にしたほうがよかったのではないかとしきりに思いました。
 この映画を見ようと思ったきっかけが、『黒い蝶』を読んだことでしたので、よけいにそう思えたのでした。
 この映画では、中国人とイギリス人との混血で上海で医者をしているの女性と、新聞記者のアメリカ人の男性が恋に落ちるはなしです。最後に朝鮮戦争が勃発。その報道の取材のために戦地に出かけた男性が、不運にも爆撃によって亡くなるというものでした。 上海では裏山での逢瀬のとき、男性の肩に黄色い蝶がとまります。ふたりはこれをふたりにとって幸運を招くよい兆しだと受け止めます。そして、戦地でも、戦場近くで打ち込んでいるタイプライターにふと白い蝶が止まるのです。男性が亡くなったという記事を新聞で知ることになった女性は、かって逢瀬を重ねた思い出の裏山に上り、ひれ伏して泣き悲しむのですが、そのときふたりがもたれたりしていたなつかしい樹に黄色い蝶が止まっているのを目にするのです。そこらで映画はラストシーンになります。結局蝶は、悪い兆しの蝶でした。「ハーンの会」のあと、五十嵐先生は蝶が家に入ると誰かが死ぬと言われていたと話してくださいましたが、やはり蝶は悪い兆しなのかもしれません。
 『慕情』は何年もまえに見たので、朝鮮戦争のことがあったことくらいしか覚えていなかったのですが、苦労して探し出したのに目的にはまったく見合わないものでした。でも効果的に演出されていた蝶がとても印象に残りました。
 『黒い蝶』についてハーンの会でお話を聞いたりしたあと、この作品が、原爆投下もさることながら、戦時中をタイムリーにリアルにえがいてあったので、もしあのとき原爆が落ちていなかったらどうなっていたのだろうかと真剣に考えたのでした。そんなとき、読みかけていた本『出雲風土記の謎』1990年出版の著者朴炳植(パクビョングシク)氏が、「おわりに」の追記で、《韓国動乱勃発40周年にあたり、今も北朝鮮で生死不明な父母を偲びながら朴炳植記す》と書かれてあったのを思い出し、もし原爆が落ちていなかったら、朝鮮のように、アメリカが、侵攻してきたソ連軍に日本を掌握されることを恐れて、日本の分割占領の提案をすることだってあったかもしれないとの思いも去来しました。朝鮮半島の第二次世界大戦のおわり頃の様子についての本を読んだこともないので、さしあたり『慕情』をと、そんな要求には応えてくれないのに映りの悪くなった『慕情』を一生懸命見たのでした。
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