続『ラフカディオ・ハーン再考  100年後の熊本から』9
2016/07/28(Thu)
 里見 繁美著 九 「ハーンとロチ 長崎を基軸に」 を読みました。
 とりあえず、読み終わって、困ったことは、このなかで論じられているピエール・ロチの『お菊さん』をまったく私が読んでいないということでした。
 この作品についてインターネットで調べてみると、この作品への感想はおおかた、チェンバレンの
《「私は、彼という人間そのものが嫌いなのです。なかんずく、彼の『お菊さん』を私が許したことは、一度たりともないのです。この本は、日本女性に対するクレメント・スコットの酷評のごとき下品な非難のどれと比べても、さらにそれよりもはるかに残酷な、日本女性に対する侮蔑であることは間違いないのです。 まことしやかで、より説得的であるがゆえに、これはいっそう残酷なのです。しかし、もうこの話はたくさんでしょう」》
というものに近いようです。
 ふと、思い立って、押入れの中を調べてみると、ありました。
 ブログで知りあった「花てぼ」さんが送ってくださったCDです。「花てぼ」さんは、いろんな能力を持ち合わせた人で、朗読の名手です。そして、長崎が出身で、今は埼玉県入間市に住んで活動されておられます。CDには、(故郷の人々)として、「おかねさん」という朗読があります。
 「おかねさん」では、おかねさんはピエール・ロチ著作の『お菊さん』のモデルとなった人で、さらに地元の歴史表記に従って、ジョン・ルーサー・ロングが、『お菊さん』をまねて『蝶々婦人』をかいたので、『蝶々婦人』のモデルでもあるとして、彼女の一生が語られています。
 朗読の終わりでは、「花てぼ」さんが、おかねさんの故郷であり、終焉の地でもある竹田にもおかねさんの足跡をたどって旅をされています。そういえば、ずいぶんまえに、写真付きのブログでそのときの旅のようすを伝えてくださっていました。
 ピエール・ロチの作品については、
《明治の長崎の風景や風土、習慣、日本の住まいや質素な人々の暮らしなどが、感性豊かな文章で仕上げられていますと、ものの本にありました。》とあり、お菊さんについては、あまりにも、どろどろしたもので、酷いことを書いているので、日本の風景などを書くように、日本の女性を書くための道具に過ぎなかったのではないかと非難しています。おかねさんは、ロチの去ったあと、竹田に戻り、岡城の見える烏嶽の洞窟に一人住み、とうとう気が触れて狂女として52歳までの後半生を送るのです。
 ハーンが、このようなロチを評価して、チェンバレンに執拗によい作品と勧めたことについては、何か弁解を聞きたい思いもいたします。しかし、日本を知るための、より具体的な作品として読んだと思うことにします。じっさいハーンとセツとの関係は、お互い尊敬しあって、大切にしあっていたのですから。ハーンが長崎行きを浦島屋旅館などに重きを置いたのは、「花てぼ」さんどうよう賢明だったと思います。
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