『古事記』
2016/07/31(Sun)
 石ノ森章太郎著 『古事記』 を読みました。
 先日、小学校5年生の孫がやってきました。
 生まれて、4ヶ月足らずで、2.5kの己斐の実家で被爆した夫に、平和学習のいったんとして、聞き取り調査に来たのでした。いつもは夫の手作り料理のファンで、台所の周りをうろたえているのですが、このたびは、客間で夫の聞き取り調査を早々に済ませ、体調の悪い夫が、自室に入ったので、私が、要望に応えてマンカラや五目並べを教えたりしました。
 そして、1年生の頃から、剣道をやっていたことを思い出して、「100分で名著の宮本武蔵」の録画を見せることにしました。録画が宮本武蔵は1582年に生まれましたと言った途端に、「本能寺の変の年に生まれたんだね」といいましたので、びっくりして、「あらあらちょうどその頃だね」といったのですが、孫が、どのようにして勉強しているのかと聞いてみました。ひとつには、常に持ち歩いて、見聞きしているというPCの小型のような教材です。「おばあちゃん、まず古生代から聞いてみる?」といってセットしてイヤホンをつけてくれました。聞き取りやすい音声で画面もシンプルでした。もうひとつは、マンガを読んでいるのだと教えてくれました。常日頃、時代考証の学習にはマンガがいいと思っていたので、その気持ちを伝えました。
 翌日、図書館に行って借りてきたのが、このマンガの『古事記』です。1994年の発行ですが、欄外の解説が、適切でびっくりします。
 『古事記』は、上(「建国の由来」を主題とする神代の物語)・中(初代人皇神武天皇から応神天皇まで)・下(仁徳天皇から推古天皇までを皇位継承順に取り上げている)の3巻に分かれていますが、このマンガ日本の古典全集は上巻だけです。
石ノ森章太郎は、“古事記的、マンガ的”であったから上巻のみの『古事記』としましたとのべています。歴史はマンガ的であっても、マンガではないから、マンガ的につられて、マンガ家的発想(イマジネーション)を封じ込めるために、苦労があったようで、マンガ家とはそういうものなのかと逆にちょっと面白味を感じます。
 もちろん、マンガを読みながら、欄外を読んでいったのですが、読み終わって、欄外の解説だけを読むと、この『古事記』がかかれたときの『古事記』へのアカデミックな解釈をきっちり知ることができ、まさしく受験などには適しています。
 なんといっても楽しむことができるのが何よりでした。

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