『雨月物語』
2016/08/02(Tue)
 木原敏江著 マンガ日本の古典28『雨月物語』 を読みました。
 上田秋成の怪談小説集の『雨月物語』には、9編あるとのことですが、そのなかの「菊花の約」・「浅茅が宿」・「吉備津の釜」・「蛇性の婬」の4編が収録されています。
 「菊花の約」と「浅茅が宿」は最近読んだものとほとんどおなじ内容の物語のような気がします。
 最近読んだものといえば小泉八雲ばかりなので、きっとその中に・・・。
「浅茅が宿」は、たしか、ハーンの会で見せていただいた映画「黒髪」とほぼおなじでした。この黒髪を見せていただいたときの感想をこのブログに書いていたのを読んで、やはりそうだと確信しました。少し内容を引用すると、
 《武士は妻を置き去りにして遠い任地に向かい、良い家柄の娘と結婚しますが、彼には前の妻のことがやたらと思い出され、反省して、任期を終えて京にもどった男は妻のいる家に向かいます。そこには機織をしている妻の姿がありました。男は今までの自分を詫び、妻をいたわり、一夜を共にしますが、夜が明け男が目を覚ますと寝ているところは朽ち果てて、横に長い黒髪があります。その黒髪はずっと以前になくなった妻の頭蓋骨から生えており、恐怖にさらされるというお話でした。その妻のいた京の家というのが、広い屋敷にところかまわずススキが生えています。それを見ていて、
 伊香山(いかごやま) 野辺に咲きたる 萩見れば 君が家なる. 尾花し思ほゆ
 (伊 香山の野辺に咲いている萩を見ていると、あなたのお屋敷にあるススキがしきりに. 偲ば れますよ。)
という笠金村(かさのかなむら)の歌を思い出しました。屋敷にススキが生えている光景とはいったい?と長い間思っていたからでした。》
 もし、小泉八雲がこの浅茅が生えた屋敷が心に残れば、「浅茅が宿」というタイトルにしたところを、「黒髪」のほうが印象に残ったのでしょう。わたしは、「黒髪」というタイトルなのにススキが生えた屋敷の荒廃が印象に残ったことが、このブログの感想でわかります。
 さらに、マンガ『雨月物語』の著者木原敏江氏は、
 《これは究極の夫婦愛。勝四郎は、原作よりかわい気のある男にしてみました。宮木が待つかいがある男に。でも立ち直れるのだろうか。》
 と、この作品についてコメントしています。
 この暑さで、この世に待つかいのあるひとと、そうでないひとの区別など付き添うもありませんが、著者は、待つかいのあるひととはかわい気のあるひとなんだと思ったことでした。そうだと、立ち直れないほうが、かわい気があるかなとも思いました。



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コメント
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 どれも折々に読んで、心打たれた筈なのですが、細かいところは忘れ果ててしまいました。漫画で読める古典があるらしいとは思いましたが、実際に手にしたことがありません。挿絵とも違うアニメの絵柄は見ているだけでも面白そうですね。読んでみたくなりましたが、漫画は意外と読み切るのに疲れます。何故か理由は未だに解らないのですが、横に行ったり縦に行ったり、次ぎは何処なのと言うようなページ構成の本を何度か読んだ覚えがあり、その辺から漫画を読まなくなってしまいました。
 あかね様の読後感からは、次々と新鮮な興味が湧き出すのですが、上田秋成の本が懐かしく思い起こされました。
2016/08/02 21:38  | URL | みどり #-[ 編集]
- みどりさんへ -
 みどりさんがマンガが読めないというのは、わかります。私も読まない年数が長かったあとには、不思議ですが、読んでいると気分が悪くなりました。
 いまは、積極的とはいかないまでも時たま読みます。自分が苦手なものでも、マンガなら、入っていけそうというものは便利です。
 『雨月物語』のような作品は、昔はまったく興味ありませんでしたが、いまや妖怪の実態がわかりかけてきたので、楽しんで読めます。
 昨夜から、1970年代の妖怪に立ち向かう栗原貞子氏の小さな文字の本を読んでいます。おなじ広島に住んでいながら、その時代その時代の妖怪の実装を見い出せる人と、私のように見いだせない人とでは、雲泥の差があることを実感させられる読書になっています。
2016/08/03 10:13  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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