第194回「広島ラフカディオ・ハーンの会」参加記録
2016/10/04(Tue)
 『極東の将来』は、明治27年1月、近代化を推し進める当時の日本で、第五高等学校で教師であったラフカディオ・ハーンが、五高生・教職員をまえに講演した記録の一節です。
 《・・・・極東で起こることになるどんな大きな変化でも、西欧の影響力のもとでなされるだろうということである。この力は攻撃的である。しかし避けることはできない。・・・今世紀の西欧産業文明の進展と関わるもっとも顕著な事実は、西欧諸国民の極端な人口増加であった。・・・飢餓の恐怖である。テニスン卿でさえ「艦隊」というバラードの中で、「餓える」という飾りけのない言葉をためらわずに使っている。》
 と、問題提起の段階でこのように述べています。
 今回は、ハーンも感心を持っていて、東京帝大での講義の中で取り上げてもいる、この文中にあるバラードにこだわって、もともとバラードとはなんだろうということからの学習をしました。
 先月、学習の予告のための参考資料、バラッド「酷き母」The Cruel Mother と、アニマルズの「日の当たる家」のプリントをいただいていました。その、バラッドは、たんなる詩ではなく昔から歌い継がれてきた歌の歌詞だということで、この二つの曲のCDを聞かせてくださいました。このようにいつのころからか歌い継がれてきた歌特有のリフレインがあり、さらに、そのリフレインと歌詞には脈絡がないということでした。 この「酷き母」は、母親が、茨の木に寄りかかって、子どもを産み、その子どもを殺すという詩です。
 そのあと、平野敬一『バラッドの世界』をもとに、学習をすすめてくださいました。
 《私が「酷き母」というこのバラッドに惹かれるのは、それがほとんど原始的とでもいうべき古い根をもっているからであるが、もちろんそれだけではない、このバラッドが今日なお生き生きと伝承されており、そのたくましい生命力が私を打つのである。》にいたって、この研究書がよく人類の水脈を汲み取っておられることに、ドキッとしました。
 私がたしか小学4年生くらいのとき、昭和23年7月に優生保護法という法律ができたことと、その意味を知りました。とうじ、堕胎を禁じるキリスト教のヨーロッパからの婦人の来日の目的が、ほとんどが堕胎をするためだと知ったことも覚えています。
 わたしはそのとき、24年3月生まれで、「助かった」と思ったものです。
 以来、法律の制定が、人の命を決めるかもしれないものだということで、幼心に法制定に多少関心を持つようになったことを覚えています。
 こんなことを知ったことが、自分がもとより逞しくなった一因であることを自覚もしているからです。
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コメント
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【優性保護法】という法律が決まったのは「昭和23年7月」つまり1948年で私は満年齢七歳でした。
気になりましたので、少し調べてみました。
【母体保護法】より
…母性の生命健康を保護することを目的とし,不妊手術,人工妊娠中絶および受胎調節の実地指導について定める法律。
昭和9年(1997年)の改正で「優生保護法」から「母体保護法」へと改称された。
昭和49年(1974年)の改正で受胎調節の実施指導に関する規定が加えられたが、昭和51年(1976年)には受胎調節普及対策を実施することが閣議で決定された。
一定の場合に人工妊娠中絶が合法化されることとなった。
同法によれば,医学的,社会経済的,倫理的適応がある場合には,胎児が母体外において生命を保続することのできない時期に限り,妊婦および配偶者の同意のもとで指定医によって行われる人工妊娠中絶を合法としている。
【産児制限】より
 昭和53年(1978年)には諸団体の統合機関として「日本家族計画連盟」が結成され、国際家族計画連盟に加盟した。
それより先「優生保護法」(1948制定、1997年改正で「母体保護法」と改称) 世界で政府みずから産児制限を取り上げたのは日本がはじめである。…

 かすみ様はご存知だったとも思いましたが、ご自分の出生にも政府の思惑が働いていたのかと改めて感じた事と思います。
思えば私の妹なども戦争がなければ、もっと早く産まれていたかもしれません。
今また医学会が胎内で育ち始めている子の障害の有無で、芽のうちに取り去るか否かなどが論議されているようですが、人間としての倫理観はどう紡いで行けるのでしょうね。ダメなものは生かさないという考えには大きな疑問を持っています、知的障がい者も身体的障害者も、此の世に全て等しく生きる権利があると思うのですが、残酷な考えが蔓延り、差別、阻害されるような恐怖を感じます。
2016/10/04 11:15  | URL | みどり #-[ 編集]
- みどりさん いろいろ資料ありがとうございました。 -
 人が、それぞれ命を大切にはぐくみ、仲良く生きていられることは、人類の普遍の希望ですよね。
 まったく近代化がされていないときでも戦争はいっぱいあったけれど、人口はふえつづけ、食糧増産は自然を壊し、さらに気象の変動による大災害を起こし・・・。若い人は、もう子どもはもちたくない、結婚もしたくない、という現実をどう受け止めればいいのか、未来についてはなかなか考えづらい気がします。
 知り合いのAさんが、息子さん夫婦に二人目の子どもができたのですが、生まれる前から、心臓が悪いことがわかり、母親は、生まれる子どもに、つきっきりにならざるをえなくなるので、息子夫婦がいきなりAさんのうちへ同居することになり、戸惑っています。でも彼女が最初にはじめたことが四国八十八箇所めぐりです。仕事の合間なので、急な入院には間に合わなかったようなのですが・・・。Aさんも体があまり丈夫ではないので、1ヶ月とすこし会っていませんが、これらの状況を支えられているか心配です。
2016/10/04 20:05  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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