怪談『牡丹燈籠』
2016/10/21(Fri)
 三遊亭円朝作 岩波文庫『牡丹燈籠』 を読みました。
 広島ラフカディオ・ハーンの会の参加したとき、2冊あったからとおっしゃって風呂先生にいただいたものです。あとでハーンのことで参考になるからともおっしゃいました。感謝です。
 さっそく、読み始めました。夢中でおもしろく読んだのですが、いざ、このように記録しようとすると、二つのストーリーが交互に絡み合って進展していき、人間関係が複雑で、メモでも作って読んでいないとできそうもないので、後になって後悔しきりです。
それに、『牡丹灯篭』は、中学生のころ、姉も兄もみんな家を出ていってしまって、広くなった家で、父母とただ一人残ったわたしと3人暮らしの夏の夜、テレビで見たことがありました。当時は父も母も講談話が好きで、集中して観た記憶があります。しかし、いただいた作品を読んでみると、カランコロンの下駄の音にしのびよるおぞましき幽霊の姿以外、話の内容は何も覚えていないことがわかりました。
 なのに、このたびの読書では、怪談とはいいながら、幽霊のでることになったいきさつや様子は印象に残っていないことに気がつきます。
 父の仇とは知らずに、剣の腕前の建つ飯島平左衛門のところに下男として仕えるようになった、黒川孝助と、生き別れになっていた、その母りんのことを中心に、そのころの武士の生き方を読むと、忠義とか、孝行とか、義理とか、血を分けた者への情愛、そういったはざまで、あちらを立てればこちらが立たずという複雑な状況におかれるときの、身の処し方に一種の感動を覚えます。
この感動は、ハーンの作品では、つい最近8月の『週刊新潮』夏季特大号の「古都再見」で取り上げた大津事件の記事に触発されて読み返したばかりの『勇子』が連想されました。ハーンは、西洋にはない日本人のこのような心情に憧憬とも恐れともいうようなものを感じたのではないでしょうか。西欧に飲み込まれまいと近代化を精力的に推し進める日本に、このような心情が作用すれば、西欧が思ってもみなかった現象をみることになるのではないか。現に、日清、日露の両戦争に負けなかったことが、ハーンの予想を裏切りませんでした。
 この、怪談『牡丹灯篭』を、突然、風呂先生にいただいて、思いもよらない本との出合いになったのですが、3つの「序」が連なっているこの本の成り立ちと、「あとがき」に、感慨深いものを感じました。
落語の台本作りが、言文一致運動の先鞭であったように思い込んでいたのですが、最初から読み本として出版されたことに改めて驚きました。
 さらに、私は最初の就職では、どういうわけか速記者の方が清書された文章をタイピングする、のんびりしたタイピストとして仕事に就いたのですが、本来、国会中継をみて、議長席の下に二列に居並ぶ速記人をみて、私もあの職業につきたいと思ったことがありました。よもや、その速記術の輸入によって、出版のはこびとなったとは・・・・の思いでした。

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