第196回「広島ラフカディオ・ハーンの会」参加記録
2016/12/05(Mon)
 11月3日(土)「広島ラフカディオ・ハーンの会」に参加しました。
 当日は、三次市出身の詩人井野口慧子氏の講演「極私的小泉八雲」を聞きました。
 ブログで知り合い、詩集もお出しになっているみどりさんから、本当にたくさんの本をいただいていて、そのなかに、多くの詩集もありますが、つい、詩集のほうが後回しになるというのが私の読書です。  
 もともとセンスがないわたくしなので、文学においても、芸術的方面への関心が薄いのです。
 しかし、当日は、詩人のお話ということで、こうごうしい気持ちで受講です。

 先月いただいた資料『深い永遠の中へ 詩が生まれる場所』の中に、
 ≪もしかすると、祖父が娘の子供として生まれ変わり、七十数年後に、再び三次の河原の詩を書くことになった。≫
と感じられている、その感性の奥深いところの思いのようなものについて話されました。
 このような感性で大切に日々をつなぐことによって、次々と巡り合う人々が、何かの関連性を持つ因縁の不思議について。
それを心の奥深いところで受け止める。さらに、このつながりは、人と人だけではなく、人と自然、草や木や石や山や川や海や空や・・・・・そして、時空を超えて歴史をくぐりぬけて、ひとびとに受け継がれて、受け止められていく。
 そのような経験のなかで、ラフカディオ・ハーンについても、ずっとむかしに、日本の民族的な心が、世界中に広がっていて、ハーンは、ギリシャ、アイルランド、フランス、アメリカなどをとおって、日本に来たのではなく、日本に帰ったと思えるとも話されます。そして、小泉凡先生とのご縁などから、小泉八雲の霊にもひかれて導かれていることを感じる時もあるというようなお話でした。
 絵本の読み聞かせや、詩や物語などの朗読もされておられるとのことで、平川祐弘訳で、小泉八雲の『怪談・奇談』のなかの」「おしどり」の朗読がありました。
 夫を殺されたメスのオシドリが、矢を放った尊允(そんじょう)の夢に現れて恨みを述べ、明日赤沼へ来るようにいいます。やってきた尊允(そんじょう)のまえでおしどりが自分のくちばしで自分のお腹を裂いて死んだため、尊允(そんじょう)は、頭をそって僧になったというお話でしたが、とても情感のこもるいい朗読でした。
 引きつづいて夜、恒例の忘年会でした。私も、何か因縁めいたことにであえたらと、会場になった、料亭で、そこの経営者について訪ねて見ました。
 やはりそうでした。すでに亡くなっている夫の知人の奥さんが、この料亭の娘さんではないかということでした。ちょうど、広島で土砂災害があったころ、フランスに在住のその娘さんのことが1時間くらいの番組で放送されて、その母親ですと、Iさんと奥さんの映像が映されたとき、夫が、この前行ったという料亭の娘さんだよ。と言ったことを思い出したのでした。
スポンサーサイト
この記事のURL | 未分類 | コメント(0) | TB(0) | ▲ top
<<実験第2日目 | メイン | 九州旅行・水俣>>
コメント
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://yamanbachindochu.blog106.fc2.com/tb.php/923-9b2e048e

| メイン |