『恋の華・白蓮事件』
2017/01/18(Wed)
 長畑道子著 『恋の華・白蓮事件』 を読みました。
 白蓮とは、大正天皇の従姉弟に当たる柳原燁子のことで、15歳のとき、華族女学校を中退して、北小路資武と結婚、16歳で功光を出産し、20歳のとき破婚となり、1911年26歳のとき、炭鉱王といわれた伊藤伝右衛門と再婚し、1921年二度目の離婚後、宮崎竜之介と結婚。2子を設けて、昭和42年81歳で亡くなった人です。
 『・・・・白蓮事件』というのは、伊藤伝右衛門のもとを去って宮崎竜介に走り、いまでいう浮気が当時では姦通罪として処罰される対象であった時代ので、そうなっていると思います。
 しかし、白蓮はその浮気相手が法学博士でもあったために、その姦通罪を免れる方法として、≪・・・・このままではあなたに対し罪ならぬ罪を犯すことになるのを恐れます。最早今日は私の良心の命ずるままに、不自然なる既往の生活を根本的に改造すべき時期に臨みました。虚偽をさり、真実に就く時が参りました。依って此の手紙により私は金力をもって女性の人格的尊厳を無視するあなたに永久の訣別を告げる事にいたしました。私は私の個性と尊厳を守り培うために、あなたの許を離れます。永い間の御養育下されたご配慮に対しまして厚くお礼申し上げます。・・・・≫というように彼女が文章作成したものを直してもらって、「絶縁状」として朝日新聞に掲載します。
 つづいて、宮崎竜之介や伊藤伝右衛門のコメントもつぎつぎと発表され、読者の声も賛否両論次々と発表されてゆきます。
 この、世間一般からみて、白蓮とはいったいどんな人なのか。貞淑な女性なのか、わがままで奔放な女性なのか。伝右衛門とはほんとうにおカネに物を言わせて女性に対してひどい人なのか、あれだけの荒くれ男をまとめて事業に成功しているほど男気のある魅力的な男なのに、じっと我慢していたのかそこのところが洗いざらい取材できています。
 とことん調査すると、生身の人間のそれぞれの味が出てくるのがわかります。
 意外だったのが、有島武郎情死のいきさつでした。≪有島は、妻をなくしたあと三人の子どものために独り身を押し通してきた。作家としてもそのころ夏目漱石の地位を継ぐものは芥川龍之介か有島かと目されたほどの、文壇のの寵児であった。周辺には、いつも女たちが群れていた≫そして彼は与謝野晶子に思いを寄せるようになっていたのに、晶子の下で編集の仕事を手伝っていた波多野秋子に強引にいいよられ有島はついに秋子と姦通。秋子の夫波多野春房に一切を知られてしまい、姦通罪で訴えてやると多額のお金をゆすられ増す。≪軽井沢別荘での情死は、姦通後わずか4日目のことだ≫と書かれてあったことです。
スポンサーサイト
この記事のURL | 未分類 | コメント(0) | TB(0) | ▲ top
<<『へるん百話』―小泉八雲先生こぼれ話集 | メイン |  『白蓮れんれん』>>
コメント
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://yamanbachindochu.blog106.fc2.com/tb.php/935-84903e34

| メイン |