『出雲における小泉八雲』
2017/01/25(Wed)
 根岸啓二編著者 『出雲における小泉八雲』 を読みました。
 八雲会発行の昭和27年7月1日再改定増補第11版です。
 これは夫が古本屋で1昨年30円で買い求めた本です。
 ネットで買い求めた、昭和5年12月20日発行の初版本と、昭和8年6月20日再改定増補第4版の2冊もあり、この3冊を見比べる楽しさもあります。
 表紙からして、初版本は『松江における小泉八雲』となっていてタイトルは右から左へむかっての文字運びになっています。
 読むことに決めた昭和27年版は、当時の本に特有で紙は粗末であり、さらに30円で買った本だけに、ていねいに扱わないとバラバラになりそうですし、活字は小さく、引用文はさらに小さく、旧い漢字で、・・・・理解不可能のまま読んだことのいい訳です。それでも、まるで1日半かかりました。

 思えば、ハーンが住んだ住居では、いちばん気にいっていた住居の持ち主で、その後ずっとハーンの住居跡として守ってこられた根岸巌氏のお話なので、目次「最後の住居の頃」はハーンをより身近に感じることが出来ます。ハーンがとても愛していた庭は、島根県園芸会長であった筆者の先代干夫氏が自ら手をくだして造られたものであること。そして、29年にふたたびこの家をハーンが訪ねたときのことを母親から聞いたエピソード。この庭を愛でたハーンの作品を読んだ人々が尋ねてきたときのエピソード。そして、家の垣根から見える真山城跡、もしかして、ここでは麒麟児山中鹿之助の毛利勢との攻防の話をなんどかハーンも聞いたかもしれないと思いをめぐらすこともできます。

 なかに、師範学校でのハーンの講演録 「想像力の価値」 の要旨があります。ハーンの ≪彼らの作文は個人の性格ではなく、国民的感情またはある種の集合的感情の現われとして私にとって特別の興味がある。普通の日本の生徒の作文において最も驚くべきことと思われるのは、彼らは全く個人的特色をもたないことである。≫ に呼応しての講演であると思えます。このなかで、想像力がこれから先にも大いに必要であうことに加えて、個々の子どもの個性を伸ばすための教授法についても言及しています。現在では個性重視の教育が叫ばれてはいますが、その教授法に添った指導というとまだまだ立ち遅れているように思います。

 初版本ではなかったもので、最後の付録のなかに小泉一雄の 「亡き母を語る 父八雲の協力者として」 があり、これもとても楽しく読めました。

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