『広島ラフかディオ・ハーンの会々誌』第1号 
2017/01/27(Fri)
 平成26年(2014)1月31日発行の『広島ラフかディオ・ハーンの会々誌』第1号 を読みました。

 1月の『広島ラフかディオ・ハーンの会』のとき、風呂先生から、口頭で「ハーンに出会って」といったようなものを書いてくださいとの告示がありました。
 『広島ラフかディオ・ハーンの会』が200回を迎えるについての記念誌かなにかの原稿だと勝手に了解しました。
大雪と突然の寒波ですっかりそのことを忘れておりましたが、ふと思い出し、「アブナイ!アブナイ!」と、初めて参加したときの資料を見ていたら、その中に、このピンクの冊子を見つけました。「これは、これは、」と開いてみると、なんと、いろいろのところに線を引いて横の空白に※印がついています。一生懸命読んだ形跡です。理解できないものにしるしをつける癖があるのです。いまでは会員として普通によく使う言葉もそのときはわからなくてみんな※印です。印はだんだん減ってゆきますから、とにかくぱらぱら読みすすんだのかもしれません。読んではいたけど、何のことやらわからずに読んだことにしてしまったのでしょう。

 ≪「会誌」第1号発刊にあたって≫ を読んで、この冊子のできた目的といきさつがわかってきました。そして、次の2ページでこの会の結成会が開かれ、立ち上がってゆく光景も目に浮かんできました。

 次から№1~№15までのニュースが掲載されています。『雪女』から始まったことがわかります。次は小林正樹監督の『怪談』の『雪女』を観て、『黒髪』。そして、八雲会主催の「生誕150年記念ギリシャ夢の旅」のビデオ鑑賞『日本の面影』になりますが、№10回から取りやめになります。テープ鑑賞希望者には貸し出しますとあります。これは時間があるときにお借りできたらと思います。カンヌ国際映画祭の短編映画部門で最高賞を受賞したという『おはぎ』は『日本の心』所収の「赤い婚礼」であったとあります。この「赤い婚礼」についての風呂先生の講演も新たに聴けたらと思います。またここでは会誌の原稿の催促があります。もともと、10回目で会誌を出すという計画があったのかもしれません。つぎの「つぐみの粕漬け」の話はどこかで読んだ気がします。

 そのあと、6人の方の寄稿があります。
すでに亡くなられたという照沼好文氏の、日本史の記録で誤り部分について指摘されたことがあっても、そのまま訂正されずにいたため、ハーンの『日本―一つの試論』の中でもまちがって使われているとの論の考証がありました。そして、やはり亡くなられているという金本正孝氏の論文では、籠手田安定知事について感銘する話があり、ハーンの松江中学への赴任が決まったいきさつへのいままでであったことのない論が読めました。
 しみじみと、この会にもいろんなときがあったんだーと感じました。
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