「赤い婚礼」
2017/01/28(Sat)
 小泉八雲著 平川祐弘編 『日本の心』のなかの仙北谷晃一訳 「赤い婚礼」を読みました。
 先に読んだ『広島ラフかディオ・ハーンの会々誌』第1号の、ニュース№10(2001・6・2発行)で、「赤い婚礼」が原作になった米国映画『おはぎ』のことを知り、ニュース№14(2001・11・3発行)で、さらに風呂先生が徳島大学での日本英文学会中国四国支部大会で「赤い婚礼」の発表をされたことを知りました。
 平川祐弘編 『日本の心』は早いうちに読んでいるのですが、どんな話だったか覚えていなかったためさっそく読みました。
 文庫本で64ページから81ページまでの短い話です。短い話なのですが、今日は一日友達と「空き家を復活させる事業」の日で忙しかったせいか、書き手の話の間が長く感じられて、なんだか読むのに時間がかかったような錯覚を覚えました。
 友達との活動が積雪のため空き家の雪かきになったため、「『おはぎ』という映画観たことある?」から始まって、原作である「赤い婚礼」の内容について話して聞かせたので、おそらくもう忘れないでいられるのではないかと思っています。なぜ「赤い婚礼」というタイトルにしたのかわからないのよねというと、婚礼が心中で、線路が二人の赤い血で染まったからではないの。と答えてくれました。この人は、非常に色彩感覚のいい人で、暮れに蝋梅と南天を使って空き家の玄関に活けておいた生け花も、久しぶりに玄関を入るなり、目が覚めるように美しくて、すがすがしい気持ちになったのでした。
 ハーンはこの作品の、最初、恋が成就しないがための自殺について、東洋と西洋の違いについて述べています。
そして最後に、人間の普遍的な祈り、これは「苦の宗教」とでも名づけるべきものではなかろうかと述べています。
ハーンも路上生活などを余儀なくされたり、あるいは結婚していた人に出て行かれて自殺を考えたことがあることを、どこかで何度か読みました。そのような苦し紛れの自殺ではなく、苦しみの中にあって、死によって魂が浄化されていくがごときの死というものがあるということを日本に来てハーンは知っていったのではないでしょうか。
そして、平民気質よりも武士気質にそれが強いことも。 
 ≪「これからは二世も、三世も、私はあなたの妻、あなたは私の夫、太郎様」
太郎は何も言うことができなかった。≫では、商人の出の太郎を、武家の血を受け継ぐおよしがうながし、ここにきて、はじめて太郎は、自分が二人のこれからの人生を切り開くべきではなかったかと気づいたのかもしれないとの余韻も感じさせます。
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