『文学論』の「序」
2017/02/03(Fri)
 夏目漱石著 岩波の漱石全集18巻『文学論』の「序」を読みました。
 これも、先に読んだ高木大幹氏の第1章のなかの「夏目漱石とハーン」の中に一部引用されている作品です。

 『私の個人主義』は講演記録のため、かなり読みやすかったのですが、この序文は短いとはいえ読みにくく、旧字体で小さな文字を以前は興味に任せてよく読んだものだと今更関心をします。引用文は
 ≪学ぶに余暇なしとは言わず。学んで徹せざるを恨みとするのみ。卒業せる余の脳裏には何となく英文学に欺かれたるが如き不安の念あり。・・・・・倫敦に来てさえ此の不安の念を解く事が出来ぬなら、官命を帯びて遠く海を渡れる主意の立つべき所以なし。≫と、やはり、漱石の不安についての引用です。『私の個人主義』と同じように不安を述べた文章ですが、その講演が大正3年11月だったのに比べ、その前の明治40年に出版された本ですので、「欺かれたるがごとき不安」とか「遠く海を渡れる主意の立つべき所以なし」などと、少し強い口調になっています。しかもその前に、
 ≪余は漢籍に於てさほど根底ある学力に非ず、然も余は充分之を味ひ得るものと自信す。≫とまで書いています。
そして苦しんだ挙句
 ≪余はこゝに於て根本的に文学とは如何なるものぞと云へる問題を解釈せんと決心したり。・・・・・余は心理的に文学は如何なる必要にあって、此世に生れ、発達し、頽廃するかを極めんと誓へり。余は社会的に文学は如何なる必要あって、存在し、隆興し、衰滅するかを極めんと誓へり。≫と十年をかけてやり遂げようと自らに誓います。

 当時、味の素の発明者池田菊苗氏がヨーロッパにいて、ヨーロッパにいる日本人をよく訪ねていたことは知られています。
 その池田菊苗が明治34年5月5日にロンドンにいる漱石のところへ訪ねてきて、2か月近く一緒に暮らしました。その池田菊苗が漱石のこういった決断に影響を与えたことを小宮豊隆が、この『文学論』の解説で述べています。
 漱石は池田菊苗と議論をしたり、散歩をしたりするなかで、彼が理学者でありながら大いなる哲学者であることを認めざるを得なかったようです。その会話の中から、心理学や社会学の角度からの文学の根本的な作用についても分析をすることを思いついたことを感じます。しかし、  ≪のみならず文学の講義としてはあまりに理路に傾き過ぎて、純文学の区域を離れたるの感あり。≫と以後の講義への工夫を重ねるところから、彼の文学論が進展していくようです。


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