「ハル」
2017/02/05(Sun)
 小泉八雲著 平井呈一訳 「ハル」 を読みました。
 『心』の中に収録されている作品です。
 高木大幹氏の『ハーンの面影』の 第1章ハーンはなぜ小泉となったのか、の「カーカップ氏とハーン」のなかで、ハーンの帰化への影響としてのセツの特性を語るのにこの作品のことが記されています。
 ≪ハルは典型的な優しい、感じやすい日本の女で、この「ハル」というエッセイは、洗練された女の性格の素晴らしい研究だといい、幾つかの点で、ハルはハーン自身の日本人妻、節子を私に想いださせるのだと書いている。ハルの最後はまことに哀れで、セツのそれとは全く違うが、ハルの心、ハルの所業には、セツのそれらに通う面が確かにあり、カーカップ氏もそこに日本の女性の特質、そしてセツの美点を見出したのであろうと思われる。≫とあるので、そういった話だったかと今一度読み返しました。
 全くそのようですと私も思いました。
 とくに、先月、寺井敏夫著者『小説 小泉セツ』を読んで、小説ではありますが、セツがハーンと結婚する前に結婚していた人とのその生活を、そして夫に家を出て行かれて、夫の行き先の大阪に迎えに行った時のセツのことを読んでいる者にとっては、全くその通りでございますとしか言えません。

 よく躾けられてその通りに育った女、ハルについて書かれてあるのに加えて、よく躾けられて育った男についても書かれています。
 ≪日本の良家では、夫たるものが妻に向かって、口に邪険をいうなどということはまずないことだ。そういうことは、下品な、はしたないことと考えられているのである。気性のおだやかな、教育のある人なら、女房に小言をいう場合にも、ごく穏やかなことばで言う。日本の作法からすると、普通の礼儀からいっても、男らしい男はみなこういう態度をとる。また、これがいちばん無難な態度でもあるのである。というのは、嗜みもあり、悟りも早い婦人なら、粗暴なあしらいには、とうてい長く服してはいないし、また、すこし向こうばしの強い女なら、亭主が一時の腹立ちまぎれで、かっとなって言ったことばのために、淵川へ身をさえなげかねない。女房にそんな自害でもされようものなら、亭主としては一生の名折れである。≫

 引用の趣旨からはそれますが、丸山学氏の言われるように、これはれっきとした民俗学的な報告書と読み取ることができます。どういった女性像、男性像を当時の日本人が尊いとしたのかよくわかったし、自害まではしないものの、現在でもあまり変わっていない気がします。
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