『水の女王』
2017/02/18(Sat)
中村真一郎 著 『水の女王』を読みました。
 昭和38年(1963年)、彼が45歳のときの作品です。
 河合隼雄の「二十一世紀のおはなし」というエッセイの中に、中村真一郎の『王朝物語 小説の未来に向けて』という作品が取り上げてありました。
 ≪それでは二十一世紀のことを考えるのに、どうしてわざわざ古い物語を取り上げるのか、ということになるが、これについて中村さんの考えをごく簡単にいうと次のようになる。十九世紀に生まれた「純粋客観主義」の小説が行き詰ったところで、二十世紀になると、人間の内界を探索しようとする、いうならば人間の「無意識界」を問題とするような小説が生まれてきた。そして、二十一世紀には「人間の魂の全体と社会の全貌」をとらえるような「つくり話」が生まれてくることになるが、そのヒントを王朝物語が提供してくれるというのである。≫
 とこのようにです。
 私は、とりあえず中村真一郎の我が家にある彼の作品で一番短いもの『水の女王』を読んでみました。

 なにはさておき、とにかくびっくりしました。
 この作品は、いまマレーシアで死亡したとして、毎日報道されている北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の異母兄の金正男氏を主人公にしたような「おはなし」でした。
 この「おはなし」は、若い王が、兄の帝の住む都から、はるか東の川下にある自分の居城に帰っていく途中の心境を語っているのです。
 冬を迎えるに食料にも窮する自分の小さな領国に向かいながら、自分がどうしてこのように仲のよかった兄から、いつ殺されるかわからないという恐怖におびえるようになったのか。いったいいつから疑われるようになったのか、を自問自答するのです。父の帝が、人前をはばからず、兄に位を譲ろうか、それとも自分にしようか、能力を競ってみろ。などというところから、自分の周囲にも家臣団が取り巻くようになり、自分の友人も自分を王位につけようと策略を弄し始めたことが兄の取り巻きの家臣を刺激し、自分と兄との間が冷たくなったのだ。と思うところから、武勇で知られた王が帝である兄に暗殺されるのを見聞きしたことなどを思うにつけて恐怖に締め付けられるのです。
 自分は、父が捕虜として奪った敵の一族の妻に思いを寄せたことがあった。父はその女性を兄に娶わせることで勝利の快感を味わった。二人の子どもができていたが、自分が思いを寄せていることがわかると兄は女性を殺してしまった。あの世に行ってしまった女性を思い慕うことで、今を何とか持ちこたえるのに精一杯の気持ちで自分の国に向かっていくという話ですが、切羽詰った心情を現す表現が独特でした。
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