第198回「広島ラフカディオ・ハーンの会」参加記録 ㈠ 
2017/02/19(Sun)
 2月18日(土)久しぶりの青空に映える道を「広島ラフカディオ・ハーンの会」に参加しました。
 開会の挨拶では、寺下さんが、自分の翻訳したウォーター・ラッセル・ミード著 『神と黄金』の「書評」が掲載されている本を示して、現今のアメリカ大統領のありようなどへの思いを話され(あまり聞こえなかったのが残念でしたが)、その本をみんなに回してくださいました。
 あとで回ってきたその本を斜め読みしてみると、著者が池内恵という人だったように思うのですが、アングロアメリカは、一度も負けたことがない。そのキリスト教の国に対して、イスラム国が反発を強める図式について書かれてあるように思えます。キリスト教にもたくさんの分派があるが、イスラム教にもいろいろ分派があり、それぞれの共通点も多々あることも書かれてあったように思います。あるいは、ただもともとキリスト教国が理論的で正義を標榜していて、世界の中心的存在をなしているのはなぜ?みんな考えてみて!といったように両者の歴史や立場を今一度検証してみる必要があるのではないかと提議している本かと読み取っていきました?
 リベラルという言葉の解釈がキリスト教は、キリスト教のそれぞれの宗派は違うところもあるけれど、その違いを認め合って、やっていくことだとあり、仏教では、みんな同じ仏教の中のそれぞれ違った部分だからと寛容的なことをいうと、この前読んだ100分de名著のテキスト『獄中からの手紙』に書かれてありました。イスラム教ではどのように理解するのでしょうか。マルクス主義の国が崩壊して、代わりにイスラム国が反発を強めたのはどうしてでしょうか。
  ガンディーは、宗教は真理を求めながらも、もともと人間から生まれたものだから、どのような宗教も完全なものはない。でも真理を求めることについては同じなのだから、真理を求める巡礼とか断食による「行」によってつながろうとしました。
 レヴィ=ストロースは、歴史による進化「未来に向かって発展していくことによってパーフェクトなものが人間の前に現れるというのは幻想である。もし、そんなものがあるとしたらそれは人間の希望的夢想である。十九世紀の欧米で確立され、その後人類に大きな影響力をふるってきた「歴史」と「進歩」の思想が、いま私たちの思考にかさぶたのように覆いかぶさってきているが、そのことは現代の世界に危機をもたらすともあるといった考えが頭の中で勝手に錯綜していました。
 とりあえず、イスラム教やイスラム国について私は何も知らなさすぎるので、思いがわけのわからない方向へと飛躍していったのです。
 いろいろ最近読んだ本から考えたのですが、実際には、寺下さんが訳されたふたつの“G”『神と黄金』とはどんな本なのでしょうか。
 この記録が、開会の挨拶だけで横道にそれてしまいました。

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