『岡山の夏目金之助(漱石)』 ㈠
2017/02/25(Sat)

 横山俊之著・熊代正英編著 岡山文庫280『岡山の夏目金之助(漱石)』―岡山逗留と愛弟子廉孫― を読みました。
 このたび、風呂先生からいただいた本です。

 文庫本ですがしっかりした用紙で写真満載です。
 岡山では、明治25年、漱石25歳のとき帝国大学文科大学英文科の学年末試験をおえて、7月7日からの夏期休業を利用し、松山に帰省する正岡子規とともに初めて関西方面への旅立ち、神戸からは一人で岡山にきたときのことと、漱石にゆかりの深い湯浅廉孫のことを顕彰する事業の成果を、この岡山文庫280で発表しているようです。さらに、岡山大学では「池田家文庫」にひきつづき、湯浅廉孫の「湯浅文庫」の整理もすすめているということです。
 子規と神戸で別れる10日、岡山へ着く7月11日から、岡山を去る  8月10日までの漱石の足取りへの探索は、相当なページをさいて、まるで、松本清張の推理小説『点と線』を読むような綿密さでなされています。読者は写真や地図や、乗り物の時間表をもとに実地検分をせざるを得ないほどです。
 岡山でのことは、私たち年代の漱石の愛読者にとってどんなにか新鮮な研究と思えます。私たち年代の読者が、気軽に漱石を買って読んだ時代の手元の単行本を取り出して、その中の漱石の年譜があるものを何冊かざっとみてみました。
 ≪1892(明治25)25歳。5月、東京専門学校講師となった。夏、子規と京都から堺に遊び、松山に子規の家を訪れ、高浜虚子と知りあった。10月「文壇における平等主義の代表者『ウォルト・ホイットマン』の詩について」を発表した。≫ が定番で、あと北海道に移籍したこと、「哲学雑誌編集員になったこと、『老子の哲学』『中学改良策』論文があるのもあり、やっと江藤淳の『夏目漱石』に、「一人岡山滞在」があるだけでした。

 漱石があとで岡山から子規のところへ行くのに、ここで一人岡山に向かったのは、夏目家家長代理として、兄嫁小勝の実家片岡家へいき、亡くなった兄の養子先である臼井家から片岡家への戸籍の復籍と、小勝の再婚先である岸本家への再婚祝い、臼井亀太郎と竹との婚約など、法的手続きと慶事のために出かけたのでした。
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