『ひねくれ一茶』
2017/04/06(Thu)
 田辺聖子著 1995年9月講談社発行の文庫本『ひねくれ一茶』 を読みました。
 午前中は、交通安全協会のイベントに参加。昼食後から夕刻まででつづきを読みおえ増した。夕食には一茶にあやかって、ブランデーを久しぶりにたっぷりいただきました。夕食はすき焼きです。老夫婦が二人ですき焼きとは、こってり過ぎると思いますが、さにあらず、こってりはこってりなのですが、友達が畑に玉ねぎを植えていたのが、その借りていた畑にマンションが建つことになって、その玉ねぎを抜かなければならなくなったのでといただいて、抜いた玉ねぎを試しに丸ごとすき焼きにしてみました。それがなんとも美味しくて、以来抜くごといただいて、この玉ねぎの丸ごとすき焼きのとりこになったのです。お肉だけがのこるのが特徴です。
 この一茶の文庫本は、なんと643ページもあります。文庫本でこんなに厚い本は初めてかもしれません。しかし読んで感服いたしました。
 五木寛之の解説でその記録に変えます。
≪「兜を脱ぐ」という言いかたがあるが、いまどきの若い人たちに通じるかどうか。こいつはとてもかなわない、と、白旗をかかげて降参することである。田辺聖子さんの『ひねくれ一茶』を詠み終えたときの私の心境が、まさにそれだった。
 考えてみると、小林一茶という人物は、どうもはっきりしない男である。熱烈なファンも多い一方で、なんとなく彼をいけ好かないと感じている向きも少なくないようだ。私自身もこれまで漠然とそんな受け止め方をしていた。たぶん、一筋縄ではいかないしたたかな男、という固定概念にとらわれていたのだろう。
 そんな私の月並みな一茶観に、気持ちのいい一撃をあたえてくれたのが、この『ひねくれ一茶』だった。
 出囃子の音がきこえてくるような洒脱な語り口につい引きこまれて、ページをめくるのももどかしく読みすすんでいくと、やがて小林一茶という不思議な人物の姿が行間からぐいと起ちあがってくる。体つきや、目鼻だちも見えてくる。身のこなしや、声の調子、吐く息のなまぐささまでが感じられる。江戸の町の華やぎや、信州の雪の重さ。そして故郷と肉親に対する執着の深さと激しさ。職業的俳人として業界に生きる自負もあれば、地方出身者の入り組んだ劣等感もある。一座建立の歌仙の座に身をおくつかのまの恍惚は、一転して先立つ知友や妻を見送る悲しみに変わる。
 それにしても、ここに描かれている小林一茶の濃密な存在感はどうだ。こういう男とはあまりつきあいたくはないなあ、などと思っているうちに、いつのまにやら一茶の俳諧仲間の末席にでもくわわったような気分になってきて、彼の病気の場面になると大根のひと束でもさげて見舞いに駆けつけたくなってくる、といった具合なのである。それだけではない。小林一茶を見る目が変ってくると同時に、月並みな言いかただが、人間、とか、人の世、とかいったものに対する自分の見かた、感じ方に、それと気づかぬほどの変化が生じてくる気配さえあるのだ。うまく言えないが、日ごろ「嫌なやつ」と思っているような相手にでも、自然に声をかけられそうな気分になってくるのである。いい小説を読むことの醍醐味とは、たぶんこういう体験を言うのだろう。・・・≫
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コメント
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 田辺聖子さんの著書は幾冊か読んでおりますが、、洒脱でユーモアが有る方のようですね。
一茶は継母に愛されずに育ち苦労した為でしょうか、後年財産争いを続けたりと、私にとっては好ましい俳人ではありませんでした。
新書版で経歴を追ったことがありました。
 こちらの「ひねくれ一茶」たいへん読み応えがあるようですね。
五木寛之氏の解説には読書意欲をそそられました。他人への反感や思い込み、誰にもあるのだと思いますが、心を空しくして人に接する大切さなど、改めて指摘された気が致します。
本も人も自分の狭い範囲で好き嫌いを決め、そこから物事を見ているだけでは、心の成長は望めないのかもしれないと思いました。
2017/04/07 10:39  | URL | みどり #-[ 編集]
- コメントありがとうございます -
 今、藤沢周平の『一茶』を読んでいます。
 やはり文庫本で、本文321ページで、半分の長さです。藤沢周平は好きな作家でずいぶん読んでいるように思うのですが、田辺聖子は初めてではないかと思います。一茶に感心すると言うより、田辺聖子の筆にびっくりしました。「すごい!」の一言でした。とくに、河合隼雄の薄い新書本で時間をとられたあとだけに、まったく違った種類の作品とはいえ、忙しい中あっというまに読ませてしまう筆の力というか・・・。
 
 今日は、広島ラフカディオ・ハーンの会200回記念の大イベントがありました。外国留学をされた方などから、諸外国で日本がどの様に思われているかのおはなしを聞くあいだ、一茶が1810年ころ詠んだ〈今日からは日本の雁ぞ楽に寝よ〉という句を思い出していました。
日本人が自信をもって、そういう句が詠める日本が続くよう願うばかりです。
2017/04/09 00:00  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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