第200回「広島ラフカディオ・ハーンの会記念大会」参加記録
2017/04/10(Mon)
 当日、4月8日は夫の誕生日でした。一緒になって以来、夫の誕生日がこんなに素適だった日はありませんでした。
 あっ!夫の誕生日の記録ではなくて、第200回「広島ラフカディオ・ハーンの会記念大会」の参加記録でした。
 朝から広島国際ホテルにいくことに運命的なものを感じていました。夫は結婚前、街で偶然出会ったら必ずこの国際ホテルの地下にあったバーで、食事をご馳走してくれました。そこのバーは、ホテル内のレストランや料亭から和食・洋食とどんな食事も注文することができました。
 思い出のホテルだね!と朝夫にもうしますと、自分は最初私を見かけた金正堂が思い出だといいました。
 私はそのとき金正堂で当時話題になっていた『赤頭巾ちゃん気をつけて』を立ち読みしていたのにおかげで読みをのがしてしまいました。
 あっ!第200回「広島ラフカディオ・ハーンの会記念大会」の参加記録でした。
 広島市まちづくり市民交流プラザでは、風呂先生の奥様を始め、宇野先生、そして東京からこられた丹沢先生にお会いすることができました。丹沢先生は以前いろいろと贈り物をしていただいていたので、そのお礼を述べさせていただくことができました。初めてお会いしてみると、とても素適な先生なので、こんなひとがほんとに世の中におられるのかとまるで、子どものころよく父親に連れて行かれた映画館で見た若いころの森繁久彌に出会ったような気分になりました。
 稲垣明男氏の講演では、小野木重治編著『ある英語教師の思い出』~小泉八雲次男・稲垣巌の生涯~を読んでおりましたので、稲垣明男氏については父親と縁の薄い末の男の子というイメージだけがありましたが、とてもゆたらかに感じられる方で、終始心豊かな気持ちで楽しくお話を聞かせていただきました。特に来広して、午前中平和公園で慰霊碑にお参りに行かれたときのお話では、涙が出ました。ラフカディオ・ハーンが熊本の第五高等中学校で全校生徒を前に講演した『極東の将来』の最後に、「九州スピリット」について語りそのことを大切にと申し渡されたことを思い起こし、その土地にくらす者のよすがへのまなざしに力をいただきました。夫も生後4ヶ月で被爆し、高校時代も入院生活が長かったようです。いつの世も、急激な成長や不況からの脱出を望むと必ず取り返しがつかなくなることが起こることを心しないわけにはいきません。明男氏はなんと言ってもハーンに生き写しの面差しをしておられ、立ち姿もそっくりではないかと思います。何度も握手をさせていただき手の感触も忘れません。
 アインリッシュ・ハーブ演奏者の奈加靖子さんは、末国さんがお話を深めてくださったので私たちの心の琴線にも触れてくださり、とてもいいお話をうかがうことができました。そして、井野口慧子さんとも三次の話しができました。ご自分の祖父の『黒い蝶』を英語訳された桑本仁子さんご夫婦に会えたことも大きな喜びでした。

 最後に、こんなにみのりおおいい祝賀会に出席できたことを風呂先生と、それを支えてくださった風呂先生の奥様に心よりお礼申し上げたいと思います。


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