『小泉八雲』
2017/04/13(Thu)
 斎藤真理子構成・文 『小泉八雲』(日本を見つめる西洋の眼差し)を読みました。
 この図書は、筑摩書房による、ちくま評伝シリーズ(ポルトレ) 2015年12月発行で、このシリーズは、高校生くらいをターゲットに編集されているようです。
 ラフカディオ・ハーンを風呂先生の会で勉強するようになって丸3年になりました。東京帝国大学に夏目漱石が奉職するときの前任者であったというような記憶しかなかった小泉八雲が、私にとっていきなり退職後の課題の対象者としてあらわれてきて以後の読書のかなりの部分を占めるようになりました。
 しかし、入手できた本の傾向が似ているためか、ハーンその人の、人生のある域に限定され、ハーンの全体像に迫ることができていないことがはっきりわかる読書となりました。
 ハーンの全体像の中で、自分が、あるていど理解したことのある部分については晩年ではありますが、全体の4分の1です。
この本では、あとの4分の3をダイジェスト的に正確に知ることができます。
 読んでいくと、当然のことながらこれらのことが、後のハーンの人生のあらゆる部分に影響していることが理解されていきます。
 まずは、ハーンの両親の結婚についてです。ハーンの父親が、ハーンの母親ローザとであったギリシャのイオニア諸島のチェリゴ島で、チェリゴ島出身の彼女と結婚しようとしてローザの家族から厳しく反対され、駆け落ち同然の形で、つぎに赴任したレフカダ島にいきそこでラフカディオ・ハーンはパトリキオス・レフカディオス・ハーンとして生まれました。そこのところまでは、先日の稲垣明男氏の講演でも話がありました。しかし、なぜ、そこまで結婚を反対されたのかについての、理由は省略されていました。
 ところがこの本では、母親の生まれ育ったイオニア諸島について、東西を結ぶ海上交通路上に位置し、またイギリスとイタリアの間の戦略的重要地点にあり、中世から近代にかけて、さまざまな国の侵略・占領を受け、ギリシャ本土とはまた別の歴史に翻弄され、トルコ、ベネツィア、フランスに相次いで占領され、レフカディオスが生まれた当時はイギリスの半植民地のような状態で、一方ギリシャはトルコから独立して18年目を迎えており、イオニア諸島でも、独立ギリシャに帰属したいと考える人が増え、反英感情が高まっており、ローザの家族が結婚に反対したのはそのためであったことが説明されています。
 そのときの、アイルランド人の父親のイギリス軍医としての立場とそのあわただしさの説明も詳しく説明されています。そのために、レフカディオスが生まれた当時はすでに本国に召還されてもいました。
 このように、ハーンの行く先々でのその国とその地方の状況が、説明されており、ハーンが日本に来るまでのことを知ることができます。それを知った上で、改めて彼の日本での生活を知ることの重要性に気づかされ、新しくハーン研究の課題ができたのでした。

スポンサーサイト
この記事のURL | 未分類 | コメント(0) | TB(0) | ▲ top
<<日浦山(ヒノウラヤマ)ハイキング | メイン | 『一茶』>>
コメント
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://yamanbachindochu.blog106.fc2.com/tb.php/990-34fcc10f

| メイン |