「広島ラフカディオ・ハーンの会200回記念資料」 1
2017/04/30(Sun)
 「広島ラフカディオ・ハーンの会200回記念資料」 を読みました。資料は、
① 広島ラフカディオ・ハーンの会」200回を迎えて
② 防災について―共助の精神―「稲むらの火」を通じて 稲垣明男
③ へるん№48別冊 2010年度八雲会総会講演 広島に生きるハーンの心―ささやかなtorchbearerを目指して― 風呂 鞏
④ 月刊『すみよし』(平成29年4月) 小泉八雲の次男・稲垣巌 風呂鞏
島根大学 ラフカディオ・ハーン研究会 ニューズレター第6号
 今日は、早朝庭掃除をして、2時間の裏山散歩をして、あとは、夫がきれいに洗ってくれたワサビの葉と茎を調理して瓶詰めにし、夕方のおやつに特性のホットケーキを焼いただけで、一日中、秘蔵お宝の「広島ラフカディオ・ハーンの会200回記念料」を読みました。
 ① 「広島ラフカディオ・ハーンの会」200回を迎えて では冒頭小泉八雲生誕150年に当たる2000年6月に、松江の八雲会がギリシャ・レフカダの生家を訪ねたのに同行されたあと、7月1日に広島でも「広島ラフカディオ・ハーンの会」を7名で立ち上げたとあり、その産声を聞いたような気持ちです。さらにそれがこのたび200回を重ねたというのですから感無量で、そのような歴史をもつ会の末席に加えていただいて3年目になるご縁に感謝あるのみです。稲垣明男氏の「心臓疾患の系譜」では、他家のことながら、身内なればこそのエピソードにふれられて、親近感を覚えました。
 ② 防災について―共助の精神―「稲むらの火」を通じて 稲垣明男 では、東日本大震災のおきたとき、2011年3月3日13時58分、横浜駅の西側のかながわ県民センターにいたときの体験談がありました。「そのとき私は」という番組で東北の方の体験を伺っては涙していますが、改めて「横浜では」について知ることになりました。
 また、仙台・熊本と被災地に心を寄せられて助け合いの気持ちを強くされたことに多く学ぶことができました。
 広島での私は、小学校敷地内にある児童館に勤務しておりましたが、ちょうど用事で小学校に行って、長い渡り廊下を児童館に帰っているとき、子どもを迎えにこられた保護者の方が、血相を変えて、「先生!東北が大変なことになっていますよ!テレビを見てください!」といわれたのをよく覚えています。それから数年後、広島でも土砂災害があり、同僚の御主人とお姑さんが亡くなりました。そして定年退職して「広島ラフカディオ・ハーンの会」にお世話になるようになって、「稲村の火」を知り、何度か子どもたちに紙芝居を読んで聞かせました。
 ハーンが、松江を去って熊本に行ってから、松江がひどい水害に遭いできる限りの大枚50円のお見舞金を送ったことがあったように思いますが、それにもましてに、日ごろから共助について考えておくことの大切さを学ぶ教材を作っておいてくれたハーンに改めてその偉業をたたえたいと思いました。
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