『兄いもうと ―子規庵日記』
2017/05/03(Wed)
 鳥越 碧著 『兄いもうと ―子規庵日記』 を読みました。
 講談社文庫より、2014年8月に発行されたものです。
 あとがきの冒頭に、
 ≪昨年、「漱石の妻」を上梓した折に、夏目漱石の親友正岡子規に関する資料を読み、脊椎カリエスに冒された子規を介護する妹律の姿に感動した。ぜひとも小説にしたい、律を中心に据えて、この凄まじい闘病の日々に織りなされる兄妹愛をしっかりと見つめてみたいと。≫とあるように、妹、律を中心に書かれていて、女性を中心に書かれているぶん、生活が細やかに描かれ、子規の交友関係や、病状、作品との関係がよりよくわかり、親しくも読めましたが、子規の晩年の病状の過酷さには胸詰まるものを感じました。
 ところで、
 ≪朝、牛乳 菓子パン二つ 梨一つ。昼、粥三碗 泥鰌鍋 薩摩あげ 味醂粕漬梨一つ 葡萄一房。夕、粥三碗 鰻 薩摩あげ みりん粕漬 牛乳ココア入 菓子パン小二個 葡萄 梨一つ」≫
 子規は明治35年9月18日に亡くなるのですが、この引用は、その年前9月16日の日記『仰臥漫録』からの記述です。いつ事切れても不思議ではない病状でありながら、この食欲にはびっくりです。内職の仕立物から、病人の下の世話、病床での食事の世話、掃除、洗濯、買い物をしている母親の八重と律は、ご飯と漬物だけで食事を済ませて、ほとんど病気をしません。
 脊椎カリエスという病気、私が通学した当時の広島文教女子大学の学長武田ミキ氏は、脊椎カリエスだったと聞いていたので、どんな病気かと注意深く読んでいたので病状はわかったのですが、痛み止めのモルヒネを処方することしか治療法についてはわかりません。
 調べてみると、このように甘いものの食べすぎが病気の一因でもあり、さらに病状を悪化させるようです。砂糖や果糖によって血液やリンパ液などの体液酸性化が進行してやがて死にいたるといいます。それを防ぐための中和としてカルシュウムイオンが骨から供給されるため、骨格はもろくなり、病原菌に侵されて最悪脊椎まで侵されるとのこと。これを食べたころには立つこともままならなくなり、歯も抜け落ちていたのです。 
 そんなこともあり、子規のこの『仰臥漫録』は、栄養学の1級の資料といえるとのことです。

 2月に風呂先生にいただいた『岡山の夏目金之助(漱石)』を読みました。漱石が、子規と一緒に神戸まで行って、一人岡山入りして、後で松山に子規を訪ねます。そのときの様子もあり、興味深く読みました。
 そして、この小説は子規が亡くなって終わるのですが、律は叔父にあたる加藤拓川の子どもを養子に迎え正岡家を継がせます。なんという本であったか忘れたのですが、阪急に勤務する養子忠三郎の物語を読んだことがあったことも思い出しました。
                          
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